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囲碁教室 アーカイブ

2006年12月24日

囲碁教室に通って「良いところ」

昨日、トリプル碁から帰って、ちょっと日本棋院のネット対局場にログインしました。

「とりさん、囲碁教室とか通ってる?」とおっしゃる方がいらして「はい」と返事。「教室って通うとやっぱ良いですか?」と相手の方。

私。プロの先生が講義をする教室に通っておりますです。で、教室に通って一番「いいな!」と思うこと。それは「プロの先生になんでも質問できる」ことですね~。

最近、日本棋院のネット対局場などで、ほんとうに簡単に棋譜を入手することができるじゃないですか。で、棋譜を覚えていくと「なんでこの手を打ったんだろう?」って思うことってありますよね。そういうときに先生に質問することができる。納得できなければ「でも過去の統計だと別のところに打つことが多いみたいだけど」と食い下がって質問しても答えて頂ける。

法律の勉強では「論点潰し」という勉強法があります。私が囲碁教室でやっているのは、まるで「囲碁版論点潰し」。

もちろん、強くなってくれば/強い人が身近にいれば、こういう「論点潰し」も自力ないしは友達とやっていけるんでしょうね。でも私くらいだと自力ってのは無理な話だし、やっぱりプロの先生に回答して頂くと信頼感もあります(^^)。

囲碁教室ってたいてい「対局」があったりもするんですが、私は実は対局には興味ない^^。延々と先生に「こっちの棋譜では…」なんて質問ができる教室があったら入り直しちゃうかもしれません(^^)。

市ヶ谷本院に限っても、結構教室がありますね。

2006年12月27日

プロに呆れられる九子局…

プロに呆れられる九子局でで~ん。

とりさん、ハメまくりましたね」とは巻幡多栄子三段のお言葉^^。うん。この碁についてはそう言われても否定すまい。

オーバーレイで表示しているのが白の第一着手。「隅近辺は全部試したもんな」と打ったのが天元と辺の星の真ん中。そんなところに打っておいてなんだけど「ここに石がないと打てないよ」と打つうちに、21手目ではやくも白投了の雰囲気。巻幡先生がご覧になったのはちょうどそのあたりです…。

ただ、白29からは「それなり」に打てたと思うんですよ。いつもの九子局に戻って、こちらもまあ落ち着いて打つことができた。勝ったと思ったのは白125。確信したのは白133。あとはヨセの中、黒の見損じもあって結構な大差になってしまいましたとさ。

序盤、チャンスでしたね>N埜さん。ただ、二局連続で中盤に「宝物」を略奪されて負けてしまったのは反省点。「N埜さんと九子は絶対負ける」という思いから「うむ。まあ九子で打ってみる?」という具合に、私の生意気バロメーターが上がってしまいそうですよ。

次は絶対に勝って下さい(^^)。

2007年01月10日

喧嘩売ってきやがれ>日本棋院

ぼく、知ってる人はご存じの通り、火曜日の「矢代久美子・巻幡妙子」教室に通っておりました。で、その教室では、従来、先生が解説する棋譜にプロ棋譜を選んでいました。

でもね。「昔」はアマ棋譜を解説してたんだよね。アマ六段「ごとき」では、ぼくの碁とそんな変わらないんですよ。だからボクは目安箱(という質問ボックスがあった^^。別に口で言えばいいのにね)に紙を入れた。「アマの棋譜なんて検討したくはねえよ」。

そのクレームを入れてからしばらくはずーっと(約1年)プロの棋譜を扱ってたんだよね。

しかし来週はまたしてもアマの棋譜を扱うそうで。

たぶん、俺に喧嘩売ってるんでしょ(違うだろうよ(笑))。いいよ。俺、喧嘩するのはわりと得意。ま、勝ったと思いこむ変な人との喧嘩には勝てないけどね^^(だから喧嘩じゃねーって^^)。

ともかく。教室において「プロの棋譜を検討したい」と言ってるのに、「アマの碁でも良いじゃないか」って言われた。リクエストが受け入れられないんでしばらく教室を休みます。減じる収入なんかスズメの涙だろうけど、でも「棋院職員の方針によって収入減が生じた」ことは書いておこうっと(^^)。

日本棋院 段級位認定大会

昨日、通っていた教室の方が、認定大会のチラシを手に矢代先生に尋ねていました。

「先生、この認定大会ってやつ、いいのかなあ?」。その尋ねた方は免状が欲しいらしい。それで出場して免状獲得を目指すのか、それとも先生に推薦してもらったりする方が良いのか悩んでたみたい。

「そうですね~。私から推薦というのはもちろんできますが、実費がかかりますしね」。

そう、認定大会は全勝優勝なら無料で免状を取得できるので(日本棋院の会員である必要があります)、「参加費を払ってチャレンジするか、それとも安全に先生に推薦して貰うか」で悩んでたみたいですね^^。

基本的に。

免状を取るなら認定大会全勝で取るのがお勧め(私はウェブ認定とかで貰っちゃいましたが…)。その方が絶対格好良いし、ウェブ認定で取得しましたなんていうとみんなに馬鹿にされますから。

まあ、段級位ってのは「資格」じゃないから、「自分のためのもの」ではあります。だから「みんなに馬鹿に」されたりしても良いって考え方もありますけどね。一般的にはウェブ認定や雑誌認定で免状を貰うことを「買う」と表現するようです^^。

2007年01月12日

打って頂いたのになあ。

元々、いろんな方に打って頂いてその感想を書いたりという主眼だったよな…>自分の囲碁ブログ。

ってわけで遅ればせながら水曜日の生対局。

一局目は「こばぴ」との対局。彼女ね。先日は私相手に六子で勝っちゃった。おまけに「あきらくんとの対局」を見て「なんで白、こんなに潰れてんの?」とか言いやがった。

む~ん。強くなりやがったでございますね>こばぴ。大事なところでのちょんぼは相変わらずだけどな。

で、まあ、一応「リベンジ」を意識した対局だったんだけど、実際問題彼女が死活をきちんと読んで攻めカカッテくれば彼女の勝ちだった。まあ死活なんて 1mm も読めないのが「こばぴクオリティ」ってものかもしれないけどさ。後味悪かったなあ。

しょうがないんで、次は二面で打ったんだけど、二人とも強引に私の「先」で打たせて貰って叩きのめしておきました(笑)。まあ「先」で打ったからと言って、「全くシタテのためにならん」としたもんでもないでしょ、と思っておくことにしましょう^^。

打って頂いたのになぁ ~2~

水曜日に打って頂いたもうひとり。

この人ね~。棋歴が1年だけど伸びたなあ。最初の頃はさ。一緒に通ってる綺麗な女の人目当てで俺が声をかけたらさ(笑)、ついでに付いてきたくらいだったんだよなあ(苦笑)。なんかぐちゃぐちゃの筋悪で「そんなんじゃあ一生強くならないよ」な~んて^^。

まあもちろん冗談めかした文脈では言うわけだけど、めげずに頑張ったよなあ。今じゃあもう部分的な打ち方だけじゃあ私と差がないもんね。

そんな彼とも先番(今は一応私と八子~七子かな)。

序盤。遠巻きに彼の一子を囲ってみたんだよね。もちろん逃げ出せないわけがない状況で。そんなときに彼の脳裏をよぎったんだろうね。「この野郎、俺にずーっと筋悪と言い続けていたよなあ。この石を逃げてもまた言われるのかなあ」。

定義を広げれば「上手のハメ手」なのかもしれないな^^。結局彼はその石を捨てることを選択。その捨てた部分があまりにも「巨大」で彼の負けになっちゃったけど、捨てた部分以外では結構互角かもしれないくらいに頑張ってたものなあ。

今年の夏頃に「俺に五子かな」というくらいになって、なんだかんだと年内二子くらいで打てるようになるんじゃね? まあ私が「偉そう」だから、それに遠慮して四子くらいかなあ。

見ていて気持ち良くなるくらいに伸びてきてくれています(^^)。

2007年01月16日

昨日の生碁

昨日の教室生碁は、碁を始めた時から同じ教室に通っているおじいさん。

最初の頃はね~。「あのおじいさんくらいに打てるようになると良いな」って感じだった。二子黒番で打てるようになったときは嬉しかったなあ。

いつの間にか逆転して、昨日の手合は五子白番。

む~。憎たらしいウワテなら追い抜いて「へ~んっ!」ってなもんですが、お世話になった人を抜いてしまうのはなんか寂しい。まあもっとも、お世話になった人で抜いたのはこのおじいさんくらいで、他にお世話になった人はまだはるかなる高みにいらっしゃる^^。むしろこんなことじゃいけないのかもしれないな。

ちなみにおじいさん。すっかり「こいつには勝てない」という思いができあがってしまっていて、相手の不備を咎めることもしなくなっちゃいましたとさ。

あきらくんはKちゃんという秀麗女性と二子局。Kちゃん、うまくなってたなあ。私と打つときもあんな風に打てば勝ちそうなのに(^^)。

2007年01月17日

アマの碁でも勉強になります…

囲碁教室での話。これまでプロの棋譜を検討していたのに、今後はアマの棋譜も半分くらい扱うと。それで私がキレテその教室に行かないことにしたという話を前に書きました

アマの碁も勉強になるんです」と先方は言うわけですよ。

なんの勉強ですか?

そこに大きな齟齬があると思い至りました。

勉強ってね。「強くなるため」とか「アマらしいネジリアイになったときに何を考えるか」とかそんな勉強でしょ? そんなものいらないんです。

対局するのは好きじゃないとあちこちに書いてるけど、私は碁を「鑑賞」したい。棋譜という形で表現された「作品」を見ていたい。

「こういうところに打ってくるということは、相手はこう考えてるんです!」。アマの碁を見ながら言うじゃないですか。でも「そこ、切ってしまったらどうなるんですか?」「終わってますね」なんてことになる。そんな棋譜を眺めるのに時間を潰したくない。

ふむ。「勉強になります」ってのは確かに教室運営やってる人にとっては自然な発想かもしれない。強くなりたいと思ってる人ばかりでないことを見損じているのでしょう。

2007年01月18日

やりたいことは種々あれど。

もうひとつのブログの方に書いた Google API は解決した。それを実装したい…。でも俺、大いに酔っぱらいでプログラムを書く気分じゃないんだよな。

そんなわけで今日はT君と打った。八子局。俺は俺で疲れてたけど、俺だって「勝たないように」打ってたわけじゃない。たぶんT君は俺との八子は卒業してるんだと思うぜ>T君。

俺、君の美人の連れにしか興味なかったけど、今にして君にちゃんと興味持ってるよ(笑)。俺に八子で「卒業」するなら日本棋院二階対局場初段くらいだろ(もう段位制じゃないけど^^)。去年の目標が「年内初段」だったかのように記憶するんだけど、「二階対局場限定」なら俺が認める。初段だな。

もう一局打った。

ふだんは私と四~五子で打つ方との九子局。「ウワテの石も死ぬのだということを学んでください」と言って打った九子局だけど、結局十数目勝っちゃった<ダメじゃん^^。

F先生。「あの方に九子で勝ったんですか?!」。「いや、ちょっとした事故がありまして」。

打って頂いた方は相当にムカツイタのではないかと想像します。でも九子じゃないのは私が知っています。必要なのは多分「きっかけ」。きっかけを掴みたくなったらいつでも私に声をかけて頂ければと思っております。

この方は多分二階に行けば二段。今日の僕との碁は「相性」の問題です。気にしないでください。私もたとえば孔令文と打てば相性最悪なのでいくつ置いても負けると思います(笑)。

2007年01月23日

九子局での投げ場

昨日も九子局@生碁を2局打ちました。

いずれの場合も相手の方が非常にうまく中盤を打たれ、どうも私が敗勢。と、いうか、いずれの場合も私の負けが確定。「投げようかな」と思っていました。

ただ、九子も棋力差があれば、私が「投げよう」と思った瞬間に投げると「なぜ?」と思ってしまうことも多いんですよね。おどおどした人なら「自分が失礼なことしてしまってウワテがキレちゃったのかな」とか思っちゃう。とくに私、偉そうですからね^^。

ですから投了する際には「わかりやすい局面」を作って投げようと心懸けているんですよ。まあ知ったかぶりな言葉を使えば「投げ場を求めてる」。「ほらね、私、だめでしょ。あなたの勝ちですよ」という局面を作ろうとしてる。

でも九子のシタテにとってはそれが「くせ者」だったりするんですね^^。

2局とも私が「形作り」しているうちにどうも「決め損じて」しまいます。一局はそうこうするうちに相手の方(N埜さん)が投了。もう一局は私が3目勝ってしまいました(;_;)。そうなってしまうと「本当はあなたが勝っていましたよ」と言っても説得力がない。

九子ではあっても、きちんと勝ちきれるかどうかってのは大きく「自信」に影響しますよね。ですからきちんと「勝つ碁」を打っている方には勝ちきってもらいたい。

私は対局中に「手」を尋ねられても答えてしまいますが、「勝つかも」と思ってる人はさすがに「手」は聞けないでしょうね。ならば「どういうつもりで打ってるか」と聞いて頂いても結構です。私は「これからです」とか「私の勝ちです」とか、あるいは「投げ場を求めています」と答えますから。そうしてでも1回とにかく勝てば、「勝ち方」がわかり、そしてどんどん石を減らしていくことができるようになります。

「でもそれもなあ」とおっしゃるシタテに言っておきましょう。「はっきり負け」と思った碁を勝ってしまうのは、明らかに「騙している」わけですから、ウワテにとっても非常にアジが悪いのですよ。

2007年01月25日

五子局二面打ち

そんなわけで昨日は五子局二面打ち。

最近ね。ちょっと当社比で「お行儀良く」なってきてるように思うんですよ。前から置碁だからと変な手を打たないことは心懸けていたんだけど、最近さらに「じっくり」打てるようになってきた気がする。ま、打って頂いているシタテの方との棋力差が縮まっているだけなのかもしれませんけどね^^。

昨日打ったのはあきらくんとT君。「お願いします」という二人に「俺、疲れるから五子な」と強引に置き石数指定(笑)。いつもは「勝つための石数で」とか言ってるくせにね~。でも二面だとやっぱり普段より疲れることが多くて、結果として相手の方に迷惑かけることもあるんですよ。許してあげてね^^。

で、あきらくんの方。あきらくん、すごく良いところに打つのになんだか自分勝手に「一段落」宣言をして他に回っちゃうことが多いんですよね~。昨日も中央の模様で勝負できそうだったのに、こちらからちょっとちょっかいを出すとすぐに諦めちゃった。守らなくちゃいけないところも途中で「こんなもん」と思ってしまうのか、傷が残っていたりするんですよなあ。

形は前より良くなってると思うし、終盤に思わぬところで読みの力を発揮することもあるから、なんか「概念書」みたいの読んだらどうかなあ。『依田ノート―すぐに役立つ上達理論』とか、結構おすすめなんだけどな。

もうひとりのT君。彼はこの前九子を卒業したばかりなのに、もう正式手合が七子。この碁もさ~。こっちが一手逆から当てちゃったところですごく元気になってしまった。そっからはもう緩むことなく一本道で攻めてくる。

「もういいや」。そう考えてちょっと攻めているのか凌いでいるのか分かりにくいところにおいて、トドメを刺してくれるのを待ってた。するとそこでこちらの手に幻惑されたのか、あるいはそれで充分と見たのか、トドメの刺し損ね。そこからじわじわと挽回して、得意のヨセに回っては白の勝ちでした。

しかし五子局ですら危なくなるなんてなあ。強くなりました。

2007年01月30日

御三家と打った(^^)

今日は私立中学御三家のひとつに通う若者と打った(^^)。

相手の子、良い碁を打ったなあ。これまではずっと「舐めて」20~40目差(九子局)。今日は50目の差だったけど良い碁だった。

面白いよね。3目差でも「カス」と言いたくなる碁もあるし、50目差でも「良い碁だった」と言いたくなる碁がある。

僕が今日。彼に伝えたかった「良い碁だった」って気持ちは50%も伝わってないんだろうなあ。ああいう子を見ると、1ヶ月で抜かれるにせよ毎日打ってあげたくなります^^。

初心者のうちって、ちょっと読めるようになるとありえない「オイオトシ」とか「ウッテガエシ」なんかを狙ってみたくもなるんだけど、そういうのもなくじっくりとちゃんとした碁。

週刊碁には写っていたし(笑)、依田紀基九段には会えたし。今日はとっても楽しい日でした(^^)。

2007年02月01日

終局と整地

昨日の日本棋院での対局。

最近どうも私を追い抜きたがっているらしいT君と。最近は彼が気持ち良い碁ばかりだから、あまりやられるとムカツクので多面打ちでないにも関わらず五子局^^。

end game
【 終局図 】
counting points
【 整地したところ 】
ふふ。さすがに右辺の取りがずいぶんでかくて白圧勝。

ってか、昨日のT君は「行儀良く」打とうとし過ぎていたのかもしれないなあ。弱い石を逃げ出したり無茶な戦いをしかけてくると叱られるから、そういうのを無くして打とうと。

その心がけは正しいんだけど、たまにちょっと諦めが早すぎることがあるかも。まあ私も「そこさえ動けば勝ちなんだから動けよ」と言われたことがあるから、そういう意味では似た道か^^。

次からは私も集中力を持続して、七子くらいで粘れるようにしておきます^^。

2007年02月07日

半分できあがったすき焼き。


sukiyaki half done
Originally uploaded by torisan3500.
わたしたち。

いつも囲碁が終わると素材屋という店に出かけて反省会(?)を行います^^。今日はみんな腹が減ったのですき焼き。

う~んと、私。うどんが好きなのです。

ってか、さすがに水曜日になるとぼくたち。みんな疲れ果てているのです<棋院通いすぎ。だから今日は珍しく営業終了時間より早く帰りました。1年半ぶりくらいかな。

「あのさ。おれたち、別に気に入らないことがあって帰るんじゃないんだぜ」。一応店員に伝えました。

店員曰く。「そうなんですか? 今、結構既に大騒ぎになってるんですけど」。

心配させてすまんかった^^>店員。

2007年02月08日

詰碁は欠かさないのです。

昨日は七子局。

「何子置きましょうか」「何子でも結構ですよ」といつものやりとりの後、「T君(上達急な囲碁仲間)とは何子ですか?」とおっしゃる。

「そうですね。T君、強くなっているので七子でも私が負けることもあると思いますよ」。「では、私もそれでお願いします」。

へ~。確か以前打って頂いたときは九子。きっとご自身で「多少は上達したぞ!」という自負があったんでしょうね。

で、結果は3目負け。「どうせ打たないだろう」と思っていたヨセを打たれた瞬間に追いつけなくなってしまいました(涙)。

私の嫌いな「囲わされる感じ」だったんだけど、結構頑張ったんだけどなあ。

相手の方。序盤に乱れなく、中盤に考え込むときも、ちゃんと考える価値のあるところで悩んでました。「む~。この人はまるで詰碁をやってきたかのような強くなり方だな」。そう思った瞬間に言われました。「詰碁は毎日欠かさないのです」。

なるほどなあ。昨日の碁は「詰碁による基礎力の向上」を、そのまんま感じる碁でした。私もさっさと郭求真先生の詰碁、やらなくちゃな(^^)。

2007年02月14日

武宮宇宙流にはいつも驚く。

ぜったい考えない手先日。月曜日の教室で珍しく棋譜解説をしました。

取り上げたのは、簡単そうですっごく難しい武宮先生(笑)。平成12年12月7日、十段戦敗者復活戦準決勝の棋譜でした。

これ。まあ武宮先生らしいと言えばそうなんですけどね。私にはこの黒15(12の十六)は絶対打てないな。というか、考えもしない。

「先生、この手を武宮先生じゃなくて私が打ったら『ば~か』って思いませんか?」と質問してしまった^^。

ここに打つのは「保険を捨てる」意味がありそうですよね。相手にもう「きっちり確定地にしてくださいね!」と言ってる。模様碁というのは「打ち込ませて攻めて得する」のが基本だけど、ここまで相手に固めさせては「攻めて得する」じゃあダメですよね。「入らせない」くらいの発想じゃないと無理そう。

また、棋譜を見て貰いたいんですけど黒27のオシも凄いですよね。黒27とオシ始めたら、白62までが相場進行でしょう。でもこれを平然と「相場ですね」とは絶対言えない。

ただ、ちょっと安心したのは黒83。

どんな手だったかは棋譜をご覧下さい(^^)。だいたい一度並べてみると覚えられるという意味では、まあわかりやすい棋譜だったのかな^^。

2007年02月15日

F先生の思い出 ~ 1年で初段に…。

私、囲碁教室で碁を覚えました。

で、その教室に最初からいらしたインストラクターがF先生。そのF先生が今度新たな世界に羽ばたかれることとなり、日々先生との思い出など思い出しているのです。

いつも真っ先に思い出すこと。

以前一度だけお酒の席にご一緒させて頂いたんですよね。私が囲碁を始めて3ヶ月くらいのとき。当時の目標は「1年で初段!」。F先生に尋ねましたよ。

「先生っ! 私、1年で…」

そこまで言うとF先生。とても困った顔をする(笑)。たぶん先生の心中としては「やべ、こいつ、1年で初段とか言うんじゃあるまいな!」だったんじゃないかな^^。私は先生を気まずくさせてはいけないと思って、質問をちゃんと変更しましたよ。

「(先生っ! 私、1年で…)え~と、その。10級くらいになれるでしょうか?」。

あのときのF先生の安心した顔。あれ、忘れられないなあ^^。「もちろんですとも。頑張れば1年で一桁級になれますよ!」。

「よし。先生も安心した顔だったし、質問を変更して良かったな」と安堵。「でも頑張って1年で一桁級かあ」と、当時は道の遠さに呆然としたりもしたものでした。

結果として、あくまで日本棋院レベルだけど、1年で初段を名乗るようになりましたとさ(^^)。でも、日本棋院レベルなら、やる気のある人、結構誰でも名乗れるのかもしれない^^。

2007年02月17日

F先生の思い出 ~ 金秀俊七段

ある日の囲碁教室。

教室開始5分前くらいに、教室で金秀俊七段がどなたかと10秒碁を打ってたんですよね。金秀俊七段は、たぶん初登場のときの NHK 杯を見てから好きな棋士なんですよね。

「あ、金秀俊が打ってる!」。ちょっと嬉しかった^^。

で、その喜んだ表情のままF先生に言ってみる。「先生、金秀俊七段(当時は違う段位だったかな?)が打ってるね!」。喜色満面な私。だってプロが打っている姿とか、そんなにたくさん見られるわけじゃないですか。

でもF先生曰く。「困りましたね」。

げ~ん。

確かに言われてみれば「困る」こともあるわけだなあ。もう授業開始まで数分になってるから、生徒もどんどん着席しつつある。

そんな中、対局時計の「ピ~ッ」という音を出しながらビシバシ碁を打っていれば確かにある意味邪魔。とくにこの初心者向け教室であってみれば、「プロ棋士」に全く興味のない人もいるから、そういう人にとっては「単に邪魔なオニーチャン」かもしれない(笑)。

「そうか、そういうものかもしれないな」。そう思いつつ。F先生の教室への愛(?)」を知ったのでした^^。

2007年02月18日

F先生の思い出 ~ 見解の一致

今回はごく最近の話。

もう長らく教室に通う私。それなりには上達を続けています^^。

最近のF先生。どうも私を棋力より若干上に評価して下さっている様子。失望させないように頑張ろうとこちらも思うから、それがF先生の作戦かもしれませんが。

最近、接していて嬉しいこと。それは「見解の一致」なんですね。

まあ、F先生のいる教室で私が打つとき。常に置かせ碁になります。普通は九子局。たまにもうちょっと少ない置碁。

先日、六子局の碁だったかな。相手の方も結構強くて、私もやむを得ずトリキリ二発で相手を仕留めた碁がありました。良い碁だったのでF先生を交えて検討してたんですよ。

相手の方。「う~ん、でもここの白はもう連絡していて、黒からの手はないんですか?」。

私が答えようと思った瞬間にF先生が代わりに答えて下さったんですよ。「そこは、白。カルク見ているんですね」。

教室が初心者向けの教室だということもあって、私もっとへぼへぼな頃から置かせ碁を打っていました。そういうときは白がスマート「そう」に勝ってもF先生は必ず言うんですよ。「ここ、黒からこう打ったらどうするつもりでしたか」。

ウワテは読めない置きなんかは打っちゃいけないと言ってる私ですけど、でも当然に見損じなんかが多いわけですよね。そういうところをF先生は必ず突いてくる。もちろんF先生も白をいじめる為に検討しているわけじゃないので「ここが黒のチャンスでしたね」ってことで次の検討に移るんだけど、あれは白にも勉強になったなあ。

最近は先述の「カルク見てるんですよ」の意見の一致とか、あるいは私が「黒にここを打たれたら投了しよう」なんて打った手を見て「白から誘っている意味でしたね」なんて、代わりに黒の人に検討して下さるんですよね。

「おお。俺もF先生が見て『ありえね~』白ではなくなったんだな」と。そういうのって凄く嬉しいし、きっと上達の糧になっていくんだと思います(^^)。

2007年02月20日

昨日は九子局。

何度か打ったことのある人と。

「F先生。なんかとりさん、七子より九子とかの方が強そうなんですけど」。そう言って相手の方、ちょっと七子くらいで試したいみたいだった^^。

「そりゃまあ若干打ち方は違うかもしれませんけどねえ」とF先生が言う中、「でも九子で勝ったことないんですよ」と相手の方。「ん? なら九子にしてください」とF先生&私。

ウワテと打つ時って、何が大変かと言うと「とにかく一回勝つ」までが大変じゃないですか。

一回勝つまでは、どうやっても勝てないような気がしますよね。だからこちらとしてもちょっと黒に有利そうな手合を提案するんだけど、それでも「勝ったことがない」となかなか勝てない。

私も経験あるんですけどね~<ずっと勝てないと思ったこと。

どうすれば良いのか一概には言えないけれど。私の場合は「ぶっつぶす!」と考えて打った方が良いように思います。流川のように(?)「ごまかす!」とか思っていると、いつの間にかウワテにごまかされるから^^。

私ゴトキがプロの先生に「九子なら安心」とかヌカシてるわけだから(笑)。「負けるわけないのでぶっつぶす!」くらいな感じで来て頂けば良いんじゃないかなあ。

地を守る鉄柱を打っているようでは、九子など勝てるわけがないのです!」。

珍しくF先生が熱くなっておっしゃっていました(^^)。

2007年02月22日

自信を持ったT君

昨日。ライバル子との対局を終えたT君。

「とりさん、一局打ちませんか? 九子で」。

あはは。T君。もう私に九子で勝ち続けているんですよ。ちゃんと力を付けてる。ただ互先なんかだと思わぬ見損じやら、変な拘りで碁を悪くすることもある。「本当にそれなりの実力ついてんのかな」と思って確認したかったんでしょうね。そういう確認のためにウワテを使うのももちろんアリ。

初手。いつも打つとやられる孔令文布石で挑んでみた。14の五。ある先生によると「なるほど、カカリでボウシされるのを嫌ってるんでしょうね」。

なるほどなあ、そういう意味か。でも私、この初手では20子くらいの手合の人にしか勝てない(笑)。昨日はT君の変な拘りで「部分的に碁は崩壊」くらいに右辺奪取。

でもなあ。やっぱり形を決めすぎました(;_;)。どうもエサをまかれるとくらいついちゃうんだよなあ。育ちが悪いからかなあ。

いくら白にデカ地を取られたと言っても、黒、その後は結構安心して打ち進められる。置かせ碁はやはりアジを残しておかないとダメだよなあ。

「T君、なんで九子で負けないようになったの?」と問えば「攻めながら繋がることを考えるようになりました」と。前は「分断」とかには気を遣っていたんだけど、「自分が繋がる」意識が薄かったんだと。

なるほどなあ。今後えらそーに指導碁を打つ際の指導ポイントとして、気を付けてみます。

2007年03月02日

3月の日本棋院火曜上級コース

日本棋院ではいろんな教室がありますが、結構おいしいのが火曜上級コース。

今、絶好調の矢代久美子女流本因坊と、テレビでおなじみの巻幡多栄子三段が週替りで講師を務めるコース。

このコースね。授業が面白いのはもちろんだし、たまに指導碁を打って頂けるのはもちろんなんですが、3月は「自戦棋譜解説」。それぞれの講師が自分の打った棋譜を解説してくれます。

これ、まじオイシくないっすか。

棋譜並べをするときに「これ、何をいやがったんだろう?」とか、「相手にここを打たれたときどう感じたのか」って尋ねてみたいじゃないですか。個人的には環境に甘えて何度もそういうことをしてるんですが(苦笑)、授業で扱うなら先生に質問するのも私ほど厚かましい必要がありません(笑)。

え~っと、会費とかそゆの忘れたので、日本棋院に尋ねてください^^。

ああ、対象棋力は3級から三段。3月第一週は矢代久美子女流本因坊戦で、扱う棋譜は2003年の女流本因坊戦挑戦手合第一局。小林泉美五段に挑戦した一局です。

2007年03月06日

人気の孔令文五段と打つ!

「令文さん、結構人気上昇中だと思うぜ」。「え、なぜ?」。

と、いうのは孔令文五段との会話。「いや~、前の天元戦の時の話をさ。さすがプロらしく格好良いこと言ったぜとブログに書いたんだよ」。

「え、それ、山下九段が格好良いこと言ったんですか?」。

ちげーよ。山下九段が小林流に一間高を打ったとき、なぜ不利と言われてる形なのに打つんだろうと言ったら「プロとして、そんなところで碁が決まるわけがないと思いたい意図もある」とか言ったじゃんか!

「お~、格好良いですね。それはプロらしい発言ですねっ!」。

…。そんだけ格好良いこと言ったんだから、ちゃんと覚えてなさいよ^^>孔令文五段。

そんな前フリがあって、孔令文五段との対局。

「ぼく、とりさんに確か連敗中ですね?」。むぅ。そうだったかもしれん。彼は彼なりのサービスで、「おりゃっ」って手(?)を打ってくれるので、他の指導碁のときより一子多く置いて対戦してるんですよね。でも「では、チャレンジで五子で」。

「そうですか。ではしっかり潰させて頂きましょう。とりさんが五子で勝ってしまうとちょっとおかしいですからね」。

ん~。さっきの「令文さんって格好良いんだよ」と世に広めましたという前フリは役に立ってないのか(笑)?

まあともかく始まった五子局。二間高にボウシを喰らわしたところ。戦いが嫌いだと言ってる奴が、このボウシを「気持ち良く」打てることって滅多にないんだよね。でも我ながらこのボウシは気持ち良かった。

「ボウシ打たれて不愉快でした」とは孔令文五段。よしっ。碁で喰ってる人に「不愉快」言わせれば結果はどうでも良いじゃんね(^^)。

結局この後、、、、っと、結果はどうでも良いんだった(笑)。

ところで左下ね。タケフに並んでるところがあるじゃない? ここ、下を切って突き抜かせる変化があったみたい。ツケノビで相手が強引に切ってきたときに敢えて突き抜かせる変化があるじゃない? あんな感じ。で、確かにここは突き抜かせて打てる。

「嗚呼。俺、とっても行儀が良いから突き抜かせる変化なんて読みもしなかったよ」と私。「行儀が良いかどうかは知りませんが、突き抜かせて打てましたね~」。

ふ。いつも「相手に突き抜かせちゃ悪い!」と授業で言ってるのは孔令文五段その人なのにな(笑)。いや、むろんケースバイケースなのは理解してる。大変勉強になった碁でした(^^)。

2007年03月13日

日本棋院市ヶ谷本院囲碁教室日程(4月~6月)

日本棋院市ヶ谷本院で行われている囲碁教室の日程表です。

教室日程表

まあ、自分の備忘録です^^。

どっかいつも行ってないところ、見学に行ってみようかな~。

2007年03月14日

昨日はまたしても少年との碁。

先日書いた少年とは別人なんだけど、またしても同年齢の少年との碁。こちらの少年は少々強くて私と二子の手合。

以前一度だけ対局して私の勝ち。「なんだ強いじゃないか」と巻幡三段。「そうなんですよ、この子強いや」と言うと、彼女は、私が少年に勝つとは思っていなかった様子^^。

当時の彼はびびり癖があって、こちらの注文に何でも応えてくれる碁でした。

もうそれから半年くらい経つのかな。昨日の彼は言うこときかない(笑)。「いつからそんな悪い子になったんだよっ」。棋院の職員が「囲碁においては言うこと利かないのが良い子です」(笑)。

ヨセまで難しい碁だったんだけど、お互いに40分の持ち時間をほぼ使い切って作り碁。負けてしまった^^。

昨日も書いたけど、「前できなかったこと」ができるようになってくる人を見るのは楽しいですよね。まあ抜き去られれば「楽しい」よりも「むかつく」のかもしれませんけどね(^^)。

2007年03月15日

F先生の送別会。

私が企画したにしちゃあ、うまくいきすぎました。

参加者多数で、かつ、皆さん楽しんでくれた様子を示してくださった。

「大人の社会」って、だから、私好きです。

皆様、ありがとうございました。至らぬ幹事を盛り上げてくれてありがとう(^^)。

記念撮影
【 一枚に入らず、F先生に移動して頂いてテーブル毎に記念撮影 】
しかしこんなモザイク載せて意味があるのか^^…

みなさん、テンション高めでしたか^^?

こばぴブログにも記事があるけれど、昨日はF先生の送別会。

私のテンションは高めでしたが、皆さんも高めでしたか^^?

教室に到着するとすぐに、そろそろ私に九子で勝ちそうな方から対局申し込み。それは普通の流れなんですが、打っているとすぐに「私もっ!」と、これまであまり打ったことのない方からも対局申し込みがあって二面打ち。

「お~、今日はなんか教室のテンション高いぞ~♪」。

で、高いのはテンションだけじゃなくて、お二方とも序盤からうまいこと白をイヂメてくるんですよね~。「むむ。負けるのは良いんだけど、二面とも負けるとちょっとヨワゾウ君みたいでいやかな~」とか。

中盤まではほんとに両面とも投げようかなと思ってた。

でもあまり打ったことのない方の方が、終盤の入り口で私の小技(小枝じゃなくて小技)が決まったところで投了。「まだ黒、悪くないですよ」と言えば「勝敗じゃなくてあんなのが決まっちゃったらもうだめ」。まあそういう考え方もあります。「で、これは投了しますからもう1局!」とその方。

その碁もね。私なんか間違えちゃって(もう一局がすごく細かくて、相手の方の初勝利間近だったせいもあります)黒大優勢。ところが「これを咎められてかつこっちの石も死ぬから、その時点で投了しよう」と仕掛けたワザが見事に入っちゃって相手の方投了^^。

さらに「じゃあもう一度!」とおっしゃる相手の方(笑)。テンション高いでしょ~♪ 私は嬉しかったですよ。で、今度は最初の隅の攻防でまたまたワザ入っちゃって投了。今度は相手の方より先に私が伝えました。「すみません。私、休憩させてください」^^。

で、もう一面の方。こちらは完全に相手の方が勝ってたなあ。二面打ちの最中で細かな目算ができなかったんだけど、少なくとも盤面にある地の大きさでは黒がいい。ただアゲハマの関係でどうなるのか数えられなかった。

作って確か私の二目勝ち。

この碁、惜しかったよなあ。最後のコヨセを相手の方が緩めてしまって、そこで私が5目以上得をしたものなあ。それがなければ目出度い初勝利だったのに!

でも「こいつにも勝つことは不可能じゃないんだ」という実感はもって頂いたようで、「次は勝てそうですね」とおっしゃってました。うん、ほんとにそう思いますよ(^^)。

またよろしくお願いします(^^)。

2007年03月21日

プロの言う「ゆっくりした碁」

個人的には「ゆっくりした碁」が好き。友人のへぼつんが得意な「目ナシ目ナシのせめぎ合い」ってのは、どうも安心して打てない^^。

プロの言うゆっくりで、今教室では講師の方の実戦を解説して頂いていると書きました。

左は矢代久美子五段が打った女流本因坊戦の譜。白番が矢代五段。

今、白が妙なところに打ったところですが、これ、しばらく前に流行しましたよね。いくつか並べたことがあるので、流行したってことは知ってる。ただ、この打ち方の「狙い」はなんだろうなあと伺おうと思った刹那。

これはゆっくり打ちましょうと言っているんです」と矢代五段。

あはは。そう言われれば確かにそうだ。黒はまあ白のカカリの上に付けるくらい。そしてアジ残りだからいつか膨らんで制圧するくらい。その間に白は上辺などを打つことができる。それを「ゆっくり」と呼べば確かに「ゆっくり」だ。

なんだか初心者が教わる定石から外れると、それが即ち「忙しい」と感じてしまうことがある。それは「瞬間の見かけ」にとらわれているんだな。

図でも、私たちはまず「一間で中央に飛ぶ」手から教わる。だからそれが「常識的」で「落ち着いた」碁に感じてしまうことがある。

だけど、後の展開まで考えれば、むしろ一間トビよりもこの外した手が「ゆっくり」していそうな感じ。

なるほど、と感じた、興味深い碁でした。

2007年03月30日

新年度の火曜教室は歴代本因坊の碁。

新年度4月からの火曜教室で使う棋譜は「歴代本因坊」。6月には加藤先生も登場したりします。

で、最初の週は道策と道悦。この時代の碁は並べたことがほとんどないんだよなあ。

私が囲碁の家庭教師をお願いしていた頃、先生に言われました。「古碁はとにかく深い読みが入っているから難しいかと思います」。その台詞以来、ほとんど古碁を並べてない。一時流行した秀策はいくつか並べたけれど、それ以前となると「癖」を感じて並べにくくてしょうがない。

たとえばこれが第一週の棋譜。

打ち始めが右下なのはまあいい^^。まあいいけど、なんか機械的に低いカカリ+二間低バサミってのはなんなんだ。「当時はこんなもんなんですか」と、F先生に問えば「そうですね。高いハサミとか高ガカリすらないですもんね」。

打っていく順番も、最終的に「現代的な相場」になるものの、「なぜいまそこなんだ」がすごく難しい。最近、馴染める棋譜なら十分とかで覚えちゃうんだけど、この棋譜は結構かかったなあ(;_;)。

さすがに並べ終えると「なるほどなあ」と思いはする。でも普段の棋譜並べよりも「?」の出現回数がはるかに高いのでした。

む~。難しい^^。

2007年04月03日

やっぱ令文さんは知っていた。

「王銘エンさんに投票してた人、少なかったよね」「ええ、ちょっと少なかったですね」「ちょっと? だいぶだろ~」とは大和証券杯大盤解説、片岡聡九段と中島美絵子初段の会話。

「片岡さん、そんなこと言ってたよ」と言えば「そこまでダメ詰めますか。でもファンとしてはそういうのも面白かったんでしょ?」ってのは私と令文先生の会話^^。

昨日から教室は新クールが始まりました。九路の人(新たに始めた人)も何人かいらしてたな~。

で、これまで何人かに尋ねて「見てません」とあしらわれた春蘭杯決勝第二局。ややびびりながら「春蘭杯の第二局さあ」と、(一応)問うてみた私。

「あ~あれ。並べてはいませんがネット対局場で見ましたよ」と孔令文六段。お~、さすが「六段」じゃん。そういえば「金稼いで六段になるようなときはちゃんと言ってくれなくちゃなあ」「それはちょっとなんか言葉が悪いような気がしますが…」なんて会話もあったっけ。

「コウからまずかったの。その前がまずかったの」と問えば「なんか構想からして失敗してたんじゃないですかね。画面からやる気のなさが伝わってきました」と^^。

ちょっとすっきりした。どもありがとございました>孔令文六段(^^)。

2007年04月04日

古碁の布石は真似するな?!

さて、昨日の火曜教室は道策の碁でした。

先日の記事で書いた左辺のオシとノビキリは、やはり疑問だったみたい。私も数えなかったし、教室でも数えなかったんだけど、そもそも上辺中央のコウは辛抱するしかなかったのかなあと。

で、面白かったこと。「布石は研究の進んだ現代の方が良いです」という矢代女流本因坊の言葉。私などは「かっこから入る」奴なので(苦笑)、つい覚えると「お~、今度道策の布石試しちゃうかなっ!」なんて思うんだけど、それは駄目だと(笑)。それにしちゃあ道悦の中盤以降の手に疑問を感じてしまう碁ではあったんだけど…。

来週は「俺、まじめに打っちゃうよ!」と言ったと、「席亭の囲碁日記」にも記載のある道知。。。

と、配布されたプリントには書いてありますが、どうも道策と熊谷本碩の碁のようです。

こんな時代に、棋譜を手入力で用意してくださっているようですが、たまに石の配置がずれていたりすることもあります。今回はどういう間違いで「人が変わってしまった」んでしょうね。

「棋譜」に関しては種々の議論がありますが、総本山たる日本棋院も歴史の産み出した「資産」を扱うのが難しいのでしょうか^^。

2007年04月10日

先生に、強引に、検討をお願いすること…

む~。

面白い棋譜を見ることってむちゃ面白いじゃないですか。最近だと先日書いた李昌鎬の棋譜

昨日の教室では「先生、あれ、並べました?」と尋ねる私。「いえ、まだですが」と先生。「今日、棋譜持ってるからちょっと見てみてくださいよ~。攻めの名局なのか、ちょっと白が弱かったのか、興味があるんですけど、個人的にはすごく面白かったんですよ~」。

。。。

個人的には「楽しみを共有」したつもり。私なんかのレベルでは、あの棋譜をみて「お~、おもしれ~」って言わない人、いなさそうだし…。

でも、あれだよね。ヘタすると先生を私物化してる^^。ま、先生も一応「面白い」と言ってくれたけどさ。面倒なときは断ってくださいね^^>先生。

で、先生の評価。あの譜に関して「ちょっと白がうまくヤラレ過ぎじゃないか」ってことと「李昌鎬さんにも李世石さんの影響みたいなのがあったりするんですかね~」。

棋譜をちらと見ただけで頭の中に盤面を作ってそゆこと言えるわけですね~。そういう一流の人たちと碁の話ができるのってほんと至福です。

と、とくに名前を書かない理由はないな。どうもありがとうございました~>高梨聖健八段。

2007年04月11日

木曜らくらく基礎コース

a leaflet tells new igo school by shirae haruhiko 8p(retired)
【 木曜らくらく基礎コース】
click to view larger size
日本棋院にこんなチラシが置いてありました。

(15級から10級までという対象が形骸化している^^)ハッピー・マンデーのちょっと上の位置づけなのかな。「もうすぐひとケタ級で伸び悩んでいる人」が主な対象のようです。時間からして会社勤めの人なんかは無理そうですけどね(13時~15時半)。

白江先生は一応引退されているはずですが、今でもしばしば棋院でお見かけしますね(^^)。大会のヘルプなんかも積極的に為されているようで。「引退挨拶」にも「引退」と言っても手合がなくなるだけで、普及活動は続けると書かれています。

著書もたくさんあって、個人的には『誰も言わなかった碁の本―どんどん強くなる22の急所』が結構印象に残ってるな。今ちょっと手元にないんだけど、「20目も離れた碁を最後まで作るのは初段としておかしい」なんてようなことも書いてありました。以来目算をより一所懸命やるようになりました(^^)。

あ、そういえばあれだ。教室に通えば隙を見て(?)著書にサインを頂いたりもできそうです^^。

謝ります>道知の碁

昨日の火曜教室は「道知の碁」。

前の記事に書いたように、私の調べた限りではこれ道策の碁だったんですよね。何やってんだ、日本棋院、というようなことを書きました。

ところがこれ、実は道知の碁「としても」記録されていました。

形骸化していた当時の御城碁。道知と相手は、道策と熊谷本碩の碁(白一目勝ち)を改変して持碁として披露したとのこと。その辺から道知の「俺、本気になっちゃうよ?」発言が出てきたりしたのでしょうねえ。

個人的には道知を扱うなら普通に道知の碁を扱ってくれという希望はあります。でも「これは道知じゃない」と言っていたのは間違いで、深謝致しますm(..)m>日本棋院。

しかしそれにしても>御城碁。

扱ったのは道策と熊谷本碩が何度も同じ布石を研究した碁。それを他人の御城碁として披露したりということがあったんですねえ。ミーハー的知識しか持たない私は、御城碁と言えば「秀策は御城碁で無敗だった!」というような話しか知りませんでした。「命がけっぽい御城碁で無敗なんてスゴイなあ」なんて思ってたんですが。

ま、いつの時代も国家的プロジェクトには裏があるようですね^^。

尚来週扱う棋譜は安井知得と本因坊元丈の碁。なかなかいわれのある二人のようです(^^)。

計算し続ける九子局

F先生システム昨日の火曜教室。打ち碁は最近ハッピー・マンデーから打つってきたN嬢(なんかNさんだと混乱するのでN嬢^^)。

彼女、先週対局をパスしていたので、もしかして「あまり知らない人と打ちたくない」ということなのかと思って、こちらから誘って対局しました。でも実は先週は「1週目だから様子見」ということで、別に「打たない」ということではなかったみたい^^。余計な気を回してむしろ粘い奴になってしまったな>私。どもすんませんでした>N嬢。

で、この碁を打つ前にはいろんな思いがありました。

まず、昨日日本棋院のネット対局場で流れていた李世石の碁。韓国の名人戦の碁だったようなんですが、そこで思ったこと。「李世石は形とか形勢じゃなくて目数だけを見て碁を打ってんじゃないか」ってこと。

もちろんそれは大げさな言い方なんだけど、どうも「形に相場を求めない」点では徹底しているように感じたんですよ。「そうか、碁は地の大きさで勝敗が決まるんだから、目数だけを追う打ち方も面白いかもなあ」と考えたり。

で、もうひとつは「勝ちたい九子局」と「負かされるなら喜んで負ける九子局」^^。

私、未熟者なんで九子って「普通の形」じゃあなかなか勝てないんですよね。だから「勝負」したい九子局は二間ガカリとか「孔令文の手」で打ち始めます。小ゲイマにカカリを打つのは「あなたがちゃんと打てば喜んで負けます」の合図。

「真剣に勝ちに行くのと、わりと勝ちに行くの、どっちが良いですか?」とN嬢に問えば「わりとが良いです」の返事。なので本局は小ゲイマで打ったわけです。

尚、ケイマにかかってコスミ付けられて立って、相手のヒラキに放置はF先生が好んだ打ち方。個人的に「Fシステム」と呼んでいます^^。

あと、もうひとつ考えていたのは「アジがないわけがない」オキひとつでも「読んでから打とう」ということ。九子とかだと「どう打つ」というよりも、「そこにスペースがあるから置いておく」というニュアンスがあるじゃないですか(当社比)。それを「どうとでもなるオキであっても、変化を全部(当社比!)読んでから打とう」と考えて打ったのでした。

結局。

この碁は最後の最後にN嬢のヨセでの手抜きを咎めて、なんとかまくって白の5目勝ち。「読んで打つ」を自らに課すと「こんな塩梅」が打てないのでとても疲れました^^。その分もちろん楽しくはあったんだけど、ただすごく勝ちにくかった。当たり前だけどどの手も読めば読むほど白不利の変化が見えてしまうのだものなあ。

普段はほとんどをノータイムで着手する私。「う~ん」なんて考え込んでいる私のスタイルはしかし。むしろ彼女を脅えさせてしまい、それが勝着だったのかもしれませんね(笑)。

2007年04月21日

「石の形」と「石の意味」

例えば。九子置かせてもらっているときの話。相手の小ゲイマガカリにコスミツケで受けて、相手が立つのを待って一間ジマリ。

九子局定石と言っても良い形だけど、これ、隅の地に甘いですね。九子で負けるうちはだんだんと一間ジマリを小ゲイマジマリに変化させたりする。こちらの主張は「この方が地にカライんじゃないですか?」。

すると相手の上手が言うわけですよ。「小ゲイマジマリなら立った石へのプレッシャーが違うのでラクだ」。私はこの辺りの「意味」を理解するのにそうとう時間がかかりました^^。

「一間に打つものだ」と「形」を覚えて、それから相当してから一間にシマル「意味」がわかった。まあこれは、ジジイになってから碁を始め、石の言葉を「翻訳」しないと理解できない以上、しょうがないこと。

「なら形からじゃなくて『意味』から理解するようにすれば」と言われても、それは私のような年齢で碁を始めた以上、「形」から入るよりもはるかに難しいことだと感じる。「形なんて後で勝手に付いてくる」と、傲慢かましていると、意味に辿り着く遥か以前に、そもそも碁にならず碁を諦めざるを得なくなる。

以上、私の常日頃思うこと。

そんな中でね。「教室」に通っていると、たまに中学生とか小学生と碁を打つ機会があるわけですよ。今も頭が良いことはほぼ疑いのない中二としばしば碁を打つ機会がある。

彼の碁がね、すごく良いんですよ(^^)。残念ながらまだ私に九子で勝てないんだけど、打つたびに彼の石が「意味」を表現しつつあるんですよね。部活や学業などにもすごく忙しいから、碁の勉強をさほどやってるとは思えない。

だけど、私が百冊の棋書と、百個の棋譜から学んだことを、彼は多分「盤上の石」から感じてきているんだろうなあと感じます(^^)。

「幼い頃に碁を始めなかった以上、カタチから入らざるを得ない」というのは多くの同年齢初心者を見ての結論で、その結論を曲げるつもりはない。また、私はどうせ「はまりこんだ」に違いないから、むしろ幼い頃に碁を始めなくて良かったというのも自分なりの結論で、それも覆すつもりはない。

でも。

彼の「百のカタチを知るよりも、そこにある石の意味に着目するのだ」という碁は、やっぱり羨ましいですね(^^)。

半年経て。彼がまだ囲碁を続けていると、「彼に九子置かせて俺が白だったことがある」というと、みんなが信じてくれなくなるくらいになるんじゃないかと期待しています(^^)。

2007年04月22日

丈和の譜

今、火曜日の教室で歴代本因坊の碁を並べていることは何度か書きました。次の火曜日は丈和。ってか、丈和がまだ葛野松之助だった頃。

む~。

いつもはね。棋譜を貰うとすぐに覚えて、一週間かけて周辺知識を身につけて行くんですよね。ただ今回の葛野松之助と長坂猪之助って人の碁は覚えにくかった~。前半を並べただけでしばらく放り出してしまった^^。

どうもあれですね。

古碁って、最初のうち、すごく「バランス」感覚を感じることがある。「まあそこまでせずともだいたいこのようになるんだからここはバランスで」みたいな。多分丈和の時代に「バランスを超えたもの」が徐々に研究され始めたのかなあ。

ま、時代は繰り返してそこからまた「バランス」に回帰して新布石に至り、そこからまた「相場」に繋がってそして数年前の韓国語の激しさに繋がっていったのかな?

私の場合「イケルノカ?」というところを調べたいというモチベーションがあまりない(面倒くさがり^^)。だから「こんな相場」ないし「こんな結論」という感じで打たれる碁が好きなんですよ。

ちなみに本局。棋譜でーたべーすには丈和と長坂猪之助、二十一番碁第十二局ということで収録されているようです。

2007年04月23日

講座や教室の面白さ。

日本棋院の教室で碁を覚え、そして教室に通い続け、さらにテレビの囲碁講座やNHK杯を見続けているわけですが。

「理解のきっかけ」というのは本当に面白い。たとえば自分が「碁が打てるようになった」と思ったのは、ハンス・ピーチ六段に「生きている石の近くは小さいですから大場に打ちましょう」と言われたとき。

これ、誰もが言う当たり前過ぎることなんだけど、言われた瞬間に大いに感じるモノがあり、そして「当社比」でいっきに八目強くなっちゃった。これは何度も書いたけど。

でも、この言葉で初心者全員が一気に強くなるのかというとそういうわけでもない。「ちょうどとりさんがその言葉に対する受け入れ態勢ができていたってことなんでしょうねえ」と孔令文六段。

火曜日の教室なんかでも矢代先生の隅のツケバネを見て「何か」(うまく言葉にできない^^)を感じたり、巻幡先生の「ウケさせてから三々」や「二間(バサミ)以上は両ガカリを考えてみれば?」の言葉で打ち碁の幅が広がったり。

昨日のNHK杯でしたっけ。「白はツケヒキ」というレドモンド九段の解説がありました。一時ツケヒキしか打たなかったくせに最近なぜかツケヒキを避けていた私。今日はさっそくひさしぶりのツケヒキを打って「お~」とか納得してみたり(笑)。

「知るべきことは知ってしまった」レベルの人にはもうこういうサプライズはきっとないんでしょうね^^。私もいつかそういうレベルに行ってみたい。ただ私たちのレベルだとそういうサプライズがまだまだ山ほどある。

そんな理由もあって、シタテの前では多弁であろうと心懸けたり、あるいは初心者教室での先生の言葉なんかも聞き漏らすまいと注意しているのでした。いつか「あのひと言で五子くらいは強くなりましたよ」と言われてみたいじゃありませんか(笑)。

きっと来週のヤッシー&陽光教室の、初心者打ち碁解説も勉強になるに違いありません… と、自分の棋譜が使われるから宣伝したりなんかして(大笑)。

# 実は昨日だったかと思っていて、何らかの事情でナシになったのかとびびっていた(苦笑)

2007年05月01日

まっきーに勝ったT君

書こうと思ってたのに忘れてた。

以前、月曜日の教室に通っていたT君。私との九子を完全に卒業して今は七子チャレンジ中。ってなわけで、火曜日の教室に移りました(都合がつけば月曜日の教室にも通うとのこと)。

その彼が、先日巻幡多栄子三段と九子を打って、見事勝利を収めました(^^)。

面白かったのは打ち終えた巻幡先生。近くで見ていた私をじっと見る。「う~ん、十分強いですね。どういう人に碁を教わるかですが…」とか言いながら私の顔をじっと見る。T君は微妙な空気に戸惑いつつ「えと、いつもとりさんに…」と口ごもる。

実は巻幡三段。N埜さんも九子で勝ったことがあるんですよね。で、私がやはり九子でN埜さんに勝つ碁を見て不信感を抱いたみたい^^。「とりさん、その打ち方は…」と。ほんとはね。私、その日の対局、すごく調子が悪くて、ひどい失敗をしたから頑張ったわけですよ。でも巻幡先生は「てめー、いつもそんなことしてんのかよ!」と言いたくなった様子。

そういう背景があって「とりっ、てめ、T君にも九子で勝ってたりするんじゃあるまいな?!」という問いかけの表情だったわけですね^^。

伝えましたよ。「いや、T君は私に九子で完勝して、今は七子か六子の手合のはずです」。「ああ、そうですよね」とおっしゃる巻幡先生。この「そうですよね」はT君に向けて言ったというよりも、むしろ私に「よかった。T君にまで九子で勝ってるようならあなたを人非人と定義するところでしたよ」ってな具合^^。

まあ何はともあれ。プロの先生に指導碁とは言え九子で勝つのはひとつの区切りですよね。おめでとございました>T君。あと1、2局、どなたか先生に九子で打って貰えるといいね(^^)。今の調子ならしっかり勝って次のステップに進めるんじゃないですかね。

何なら今度、誰か有料の先生の指導碁を受けに言ってみましょうか(^^)?

目算とヨセ

上手の方が作る前に勝敗がわかるのが羨ましく、結構早い時期から目算する癖をつけました。生碁を打つときの目算能力には結構自信を持っている私。

で、教室で四子のシタテの方と打ったんですけどね。

序盤、私が「自分の打った石を忘れる」大チョンボをやったんですよ。これ、私、よくやるんですよねえ。で、必死の勝負手を繰り出して、なんとか「碁」にしたんですけど、やっぱり失敗が響いて相手の方に残りそうな気配。

中ヨセ(ってのは一般用語じゃありませんが…)に入って、相手の方が先手のとき。相手の方は「ちょっと悪いんだろう」と、ちょっと無理をするんですよね。こちらとしては相手に先手寄せをいくつか打たれたら負けだなと数えて打ってる。

結局相手の方が「頑張った手」で後手を引いて白が寄せまくり、終わってみれば 10 目差で白。

まあいろんな教室を見てみると、相手の方も「初段」くらいは名乗りそうなわけですよ。で、「目算をしながら打っていますか?」と問えば「いえぜんぜん」と。「目算をしていれば、あそこの先手寄せに回れば勝ちだということがわかったはずなんですけどね」と言えば「ああ、そんな考え方があるんですか!」と。

そうなんですよね…。

「目算」をすると、結構(先手)ヨセに敏感になるようになると思うんです。コヨセで「ハネかな、サガリかな」と悩むとき、目算に基づく先手寄せに対する「気付き」があれば「サガリで先手、それから…」と考えられるようになる。そういう考えが癖になると、いつの間にかヨセは強くなっていく。

「どうせ作ってみたら勝敗はわかるんだから、目算なんて無駄じゃね?」と思ったこともありました。でも強い人のほとんどが目算しながら打っているわけで、決して無駄じゃあないですよね(^^)。

あとね。

指導碁なんか打って貰ってるとき。「ああ、そこに回られると逆転ですから、ここまでですね」なんて言って投げるも、ちょっと格好良いんじゃないかと思う私なのです^^。

2007年05月02日

自分を笑ってしまう二子局。

笑ってしまう。たとえば二子局。

初手小目に黒が星と打てばシマリを打つのが高梨聖健八段に教わった二子局。彼がいつもそう打つのかどうかは知らないけれど、私はいつもこう打つ。

で、黒は四手目でいきなりの詰め。これが悪い手であることは明らかなんだけど、二子というハンデを負っている中、冷静に考えると咎めるのが難しい。

「開かせるわけにはいきませんからね」と私。「しかしこう挟むと相手からの反発も結構読まなくちゃならなくて、果たして得をするのか不安になります」。

そういう私に矢代先生の解説は明確だった。「えーと。一間かどうかはわかりませんけれど、まあハサミは普通ですね」。

大笑いすることに、相手に詰められた瞬間、私の頭の中から一間以外のハサミは完璧に消えていました。GWだからと前日明け方まで本を読み、気付いてみれば5月1日が平日で仕事に追われたなんてのは言い訳。普通の人なら、ここで一間のハサミしか思い浮かばないなんてことは絶対にないはず。

私の碁にはこういうところがあります。なんか広い意味で言うと「教条主義的」というのかな。

相手の詰めが、四手目でなければ私も広いハサミを脳裏に描いたことと思います。また、相手がいっぱいの詰めでなくても当然に広いハサミを選んだはず。だけど相手がいっぱいに詰めてきて「ならば一杯に反発してやる」と読み始め、その読みに自信が持てなくても「そんな相場」と自ら諦めてしまう。

こういうところがなくなれば、私ももうちょっとは強くなると思うんですけどね^^。碁を鑑賞することばかりが好きで、打つことを好まない欠点とも言えるかと思います。

2007年05月15日

高梨聖健八段の主張。

聖健先生の主張.jpg左の問題。問題で出てくれば「詰碁」ってのを解いたことのある人なら間違えるわけがないほどの問題。

但し8の四に出れば間違いないのは明らかなんだけど、他の手がないかとか、そういう確認作業はしますよね。「アテが正解」は瞬時に解るんだけど、確認に多少時間がかかる。

なので高梨聖健八段に尋ねてみました。

「先生。私はこの問題を解くのに 0.5 秒ほど読みを入れてしまうんですが、先生くらいになると全く読みませんか?」。

聖健先生の回答は「いえ、やはり読みますよ」。おお! そうなのか。やっぱ一応確認はするんだな。満足げに頷く私を見て、高梨聖健八段は不満を感じたみたい(笑)。「あ、え~と、でもぼくは 0.05 秒ですけどね」。

く。せんせぇ、そんなわざわざ 0.45 秒のことを話題にしなくてもいいじゃない(笑)。

聖健八段はわりにそういう「ぷりてぃ」なところがあります^^。たとえば聖健先生はプロ棋士の中でもかなりの勉強家(だと思う)。一時、授業の前に私がいつも覚えた棋譜を並べてることがあって、すると必ず「これはいついつだれそれの碁ですよね」と言ってくる。「おお、先生は棋譜をたくさん覚えてるんですね」と言えば「とりさん、棋譜カルトQしますか?」。

いや、だから競うつもりはねえんだっつーの^^。それに「カルトQ」とかもう通じねえんじゃねえかと。

あるいはいつだかの授業中。「この黒はもう取られてますね」と聖健八段。私が「え~と、黒コスミだとどうなりますか」と確認の意味で尋ねたわけですよ。それに対する聖健八段がまた「プリティ」。

「とりさん、やりますか。ぼく、強いですよ」。

いや、だからぜんぜん競うつもりはねえんだっつーの(大笑)。

月曜日の教室ね。孔令文六段と高梨聖健八段が交代で見てくれているんですよ。で、全く個人的な自分勝手な分類をすると、孔令文六段は全部カマシてる(笑)。そして高梨聖健八段は隠し味でカマシてくれる。そういう二人の先生が大好きです^^。

2007年05月28日

日本棋院囲碁教室での棋譜の話。

関係するネタを何度も書いては消しているんですが、どうしてもイヤミっぽくなっちゃう^^。

まあ、ちょっとお下劣になってしまうんだけど、何度も書いては消しをしたってことは、自分でも相当書きたいネタらしいんで書いちゃいます。

話の発端は、長らく通ってきた矢代・巻幡教室を最低1ヶ月お休みしようという決意。前から書いてきてるんだけど、どうも教室で、授業用に選択される棋譜の選択基準が気に入らないのがひとつ。碁を打つことがさほど好きじゃなく、またアマチュア同士の棋譜解説を見ることにもあまり興味がない私。教室で最も楽しみなことと言えばプロ棋譜の解説なんですよね。

火曜日の教室に通うまでは「そこらで見かけた先生」に強引に質問したりしてたんだけど(馬鹿^^)、火曜教室で大っぴらに先生方に説明を求めることができるのが嬉しくてしょうがなかった。

ただ、どうも選ばれる棋譜が好みじゃないことが多い^^。ここ2ヶ月は古碁が教材になっていたからそのせいかとも思ったんだけど、古碁の中にも好きな棋譜や「ぜひとも並べておかなくちゃ」という棋譜があるので、そればかりが理由じゃないらしい。

せっかく教室でやるときに「この棋譜からはここを学ぶのだ」という「テーマ」がどうも不明瞭な感じがするんですね~。「てめえはプロの棋譜の中に『違い』を見るほどエライんか?」と言われるとなかなか返す言葉に困るわけだけれども。

あと、配布する棋譜に存在する「間違い」も、ボディブローのように利いてきました。

昔書いたように「この手はスゴイ!」と思った手があって、それが配布された棋譜上では間違ってた。「いや、そこはそうじゃないんだ」と主張したときに、「だって棋譜が間違ってることなんてそうないでしょ?」と先生に言われてしまったのは後を引くショックだったみたい^^。先週授業で使った棋譜なんかも手がいくつか抜けていたし、6月に入って使う予定の棋譜も 119 手完が 119手まで以下略になっていたり。

「完」が「以下略」になってるくらいは、完全に日常茶飯事で、もう教室の生徒誰も突っ込まない状況にはなってる。なってるけどさ~、それって「イーカゲン」な感じがしない? さらに日本棋院は「棋譜に著作権はある」としっかり主張しているわけで、それなのに日本棋院が改竄した棋譜を出しちゃいけないじゃんね。

「一週間は火曜日を中心に回っている」感じのここ2年ほどだったけれど、どうも心から楽しんでいない自分に気付いてしまったのでした。

なんか。

日本棋院でやる教室なんだから。棋譜を「手入力」して、さらにそこに「間違い」が混在してしまうようなシステムはなんとかしようと思わないものなんですかね。個人的には配布プリントの最初の20手くらいを元に Kombilo 検索をかけているから配布プリント自体どうでも良いと言えば良いんですけどね。

なんかモチベーションが下がってしまったのでした。

2007年06月11日

聖健先生は中国流に一間ウラガカリ。

中国流って、人に打たれても別に嫌じゃないけれど、自分が打てば(まあ打たないんだけど)「最強」な感じがしませんか(笑)。

今日の授業に中国流が出てきた。だから後で高梨聖健八段に尋ねてみた。

「先生さ。中国流打たれたら星ガカリ派、それともウラガカリ派?」。

聖健先生。「ぼくはウラガカリ派です」と。「へ~。二間?」と問えば「二間は挟まれて良くなる図がよくわかりません」。「だからぼくは高いか低いかはありますが、一間です」。

「ところでとりさんは?」。

高梨聖健が問うた。先生さ。自分で「二間はだめ」とか「ぼくは一間」と言っておいて尋ねられるとオレサマでも緊張するんだけどな(笑)。

「え~、ぼくは二間に低くウラガカリます」。

叱られるかと思った。でも先生は「また難しいのを打ちますねえ」。もちろん、二間低のウラガカリは50局くらい並べてみた(^^)。自分なりに自信はある。

でも、高梨聖健八段に「難しいの」と言われると、何かこう、根本で間違ってるんじゃないかと不安になるんだよなあ^^。

2007年06月13日

宮崎龍太郎六段について語ってみるぜっ。

む~ん。

最初の出会いはとある火曜日の夕刻。おいらとへぼつんで悩んでいた。「あのさ。俺たち、今日から火曜日のヤシマキ教室(矢代先生&巻幡先生)に通うじゃん? で、その教室の名前って、『火曜進級』だっけ? 『火曜上級』だっけ?」。

そこにしらないニーチャンがやってきた。手にはカフェドクリエのコーヒーを持ってる。「え~、たぶん上級かと思われます」。

ん?

あんた、誰だ? かつ、なんでそんな日本棋院の内情に通じている?

「火曜進級コースというのは、最強初段くらいまででやっております」と、アンチャンが言う。「あ、そうなんですか」。

俺とへぼつんは「このアンチャン、ちょっとやばいかもしんないんで、話流そうぜ」という暗黙の了解ができる。でもそのアンチャン、さらに話を続ける。

「え~、私、講師やっておりますので、機会がありましたらよろしくおねがいいたします」とアンチャンは言って去っていく。

「で~、講師やってんの? ああ? 誰だよ、今のっ!?」とへぼつんと私。む~。もしかして。たぶんあり得ないことだけど、俺たち(主に俺)の態度に失礼はなかったかと思い返してみる。

… 失礼ありまくりだから …

思い起こせばそれが宮崎龍太郎六段との出会いだった。

え~。なぜ、宮崎龍太郎六段を語るのか。その後、何かお互いの関係に進展があったのか。生意気ではございますが、連載形式で(笑)書いていきたいと存じます^^。

2007年06月16日

宮崎龍太郎六段について語ってみるぜっ(その4)~完。

そんなわけで(?)いろいろあって。その後も居酒屋でなんどか顔を合わせた(まぶだち)宮崎龍太郎六段の囲碁教室に通ってみることにしました^^。

宮崎先生は日本棋院市ヶ谷教室では火曜日の18時半くらいから「火曜進級教室」という名前の教室を担当されてます。対象棋力は10級くらいから初段くらいまでなのかな~(今、日本棋院の案内を見てみたら 13級~3級だって。でも二段の人もいらっしゃる教室です)。

「あれ?」と顔を見て怪しむ宮崎先生。「えへへ~、来ちゃった」と私。宮崎先生は私が同じ時間の別教室にも通っていたことをご存じです。

「あの~」と宮崎先生。「あっちの教室にはなんと言って来たんですか?」。

むむ。実は通っていたもうひとつの教室の方がレベルが高く、低いレベルの教室から高いレベルに移るのは無問題だけど、逆行するのは味が悪い(笑)。

「え、マッキーに言われたら宮崎先生がどうしても~って言うからさあって言えばいい?」。
「はあ、ではそういうことでよろしくおねがいします」。

ま、逆行コースを辿ったのにはいろんな理由があるわけだけど、全部説明するのはメンチャイしアジも悪い。

「ではこれからよろしくお願いしますね」と宮崎先生。「ところで対局とかもしますよねえ。何段ですか」。

「教室段ならたぶん三段+くらいかと思われます。ウワテと勝負してみたいって人がいらっしゃらないようなら対局は結構ですが…」なんて話。

「いや、大丈夫ですよ。二段の方もいらっしゃいますしね。ところで上のクラスから来たのは言わない方がよろしいですか?」。

宮崎先生さ~。気を遣って下さってるわけですよ。こちらの理由はよくわかんないけど「クラスを落として」来た奴にはいろいろ先入観を持ってしまったりしますよね。「勝ちまくりたいヤな奴なんじゃねえか」とか、あるいは逆に「オチこぼれ」て来た馬鹿なんじゃないかとか。教室で対局するときにそういう先入観もたれたら打ちにくい(勝ちにくい)んじゃないかと。

「いえ、(こっちも変なコース辿ってきてますから)勝敗とかはとくに良いので、チャレンジしてみたいって人がいたら好きな置き石で打って頂くような手合いを組んで頂ければ」と。

そうこうして、「微妙な気遣い」の中で「宮崎教室体験」が始まったのでした。ここに行き着きたくて宮崎先生ネタをいくつか書いてみた^^。

「宮崎教室の様子」については、また別記事で書きたいと思います。

2007年06月17日

驚きの宮崎教室

で。宮崎教室(火曜進級教室)に通い始めた私。

授業はね、フツーなんですよ。今月はちょうど「小目への低いカカリ」がテーマの様子。む~。私も「周囲の状況」がなければ、喧嘩小目のとき以外は低いカカリを打ちませんね~。喧嘩小目でも高いカカリが打たれることのある昨今。また、NHK杯の解説なんかでも「ここは低くかかって頑張りたいところ」なんてのを聞くと「俺、頑張るチカラ、持ってないしなあ」とか思ってしまう。

まあそんなことはともかく。授業では2~4の変化を示して、そのそれぞれについての質問を受けるという形式。その後に生徒同士の対局という進行。

ここまでは本当に「どの教室も同じ」感じ。だけどこの教室、授業後がずいぶん違う。

ってのもね。局後に生徒同士の実戦を全局、先生が解説してくれるんですよ(笑)。生徒達が打っている間に「いつの間にか」棋譜を付けていらっしゃるんですね~。対局が終わった生徒は先生が回ってくるのを待って、そこで初手から序盤を並べ直しつつ先生からのポイント解説を聞いたり、あるいは自分が気になったところを質問したりする。

む~、これはスゴイ。こんなことやってる教室があるとは想像だにしなかった。

「でもさ。並べ直しとかできない人もいるんじゃないの?」と思った私。うん、やっぱりそういう人もいらっしゃる。そういう場合は先生がささっと「形」を作って、その形からのポイント解説をしてくれる。

それなりに碁の勉強をしていて、どういう形だの発想がいけないのかということを学んだことのある人は、自分の実践の中にそういう「きまり」みたいなことを学ぶことができますね。碁を「勉強」してみようかなと思ってる人/思ったことのある人なら、ランクを問わず役立つ教室のように思えます(^^)。

2007年06月20日

宮崎教室の秘密。

memo written by miyazaki ryutaro 6p「驚きの宮崎教室」の記事にも書いたんだけど、宮崎教室(火曜進級教室)では、生徒同士の対局後に宮崎先生がひとつひとつの碁を検討してくださいます。

前回までは誰が棋譜を付けているのかとか、ちょっと見逃してたんですよね。全員分の棋譜を付けるなんて無理っぽいからアシスタントも手伝っているのかな~と。で、昨日は対局中、宮崎先生の動きに注目してみました(笑)。

載せてるのが私の碁で二子局白番(左上、白は初手小目に相手の星打ちを見てやっぱりしまっています^^。棋譜はクリックすれば拡大して見ることができます)。相手が中学生くらいだったこともあって、手がぽんぽん進んでいくわけですよ。で、私は「考えない碁」を打つ奴だから(苦笑)、やっぱり手がはやい。どんどん局面が進んでいくのに誰も棋譜を付けにこないんですね。

「あれ~、おっかしいなあ。もしかしてイジメ?」とか思いつつ打ち進めてたんですよ。

そしておおかたの形勢が決まった頃、ようやく宮崎先生がちょっと距離を置いてちらちらとこちらを見てる。「あ、ようやく俺も相手にしてもらえたぞ」と思いつつ、「でもこんな局面から見始めても検討できないよなあ。俺のことだからきっと覚えてるから俺に並べ替えさせれば良いやとか思ってるんだろうか?」とか。

で、局後検討のとき。先生の書かれた棋譜を見てようやく秘密がわかりました。

そう、先生のつける棋譜には番号がないんだ(^^)。白石と黒石の「配置」だけをメモしておくんですね。確かに「配置」が明らかになっていれば、2、3級の人でも「手順」は思い出せると思う。よしんば思い出せなくてもとにかく「配置」を再現しておけば、それなりに検討はできる。

なるほどなあ。あったまいいなあ(笑)。確かにこの方法ならある程度カタチの決まったところで書いておけばいいんですよねえ。

私は結構愚直なところがあるんで「棋譜とはすなわち手順を記すものである」と思いこんでしまってた。「手順を記さない」というコロンブスの卵を発見して嬉しくなり「それ、くださいっ!」とお願いして、棋譜をいただいてきたのでありました。

# みんな「くれっ」って言わないみたいだけど、こんな風にプロにつけてもら
# った棋譜とか欲しくないんだろうか? それとも「相手もいるんだし、自分
# だけ欲しいなんて言ったら失礼だと遠慮してるのかな^^。

# 多分遠慮なんだろうな。俺もちょっと「遠慮」を勉強しようっと^^。

2007年06月21日

この定石はどうなんだ。

joseki.gifこれ、昨日の宮崎教室でやった定石(画像クリックで拡大表示します)。最後、白18で二子を当然抜くんだけど、抜いたら図がわかりにくくなるので抜く直前にしておきました。

で、この定石は使ったことがないし、あまり記憶にもないんだけど、なんか黒が圧倒的に良く見えてしまうんですが^^。

白は14と下がらずに、右辺の石をシチョウに取っておきたい気がする(周囲の状況は関係ないモノとします)。白14なんて打ってしまったために後手で隅をこぢんまり治まることになってしまう。かつ、黒3にはアジがあり、右辺からはほとんどアジもない。

宮崎先生に聞いてみましたよ。「先生、それ、黒が良すぎるように見えるんですが」。「あ~。趣向です」。

ぶ~ぶ~(笑)。

私、この図になれば絶対にシチョウに抱え、かつ上辺を黒がワタリにきたらそのまま渡らせて他を打つはずです。

ええ。最近の私。「地に甘いとり」を標榜しつつ打っているのです^^。

2007年06月22日

日本棋院教室お休み日程表

ついでなので、私たちのように休みの日に棋院に行ってしまう愚か者を増やさないためのカレンダーも作ってみました(笑)。

週末を重ねて表示しようと、表示しているのは月曜始まりのカレンダーになってるから注意してね。

2007年06月28日

四子置けば誰にでも勝てる…?!

私、二桁級(@日本棋院)の方と碁を打つことも多いんですけどね。「置き碁」というのをあまり打ったことのない方は「四子」を、ひとつの「必勝」の基準にされているらしいと感じます。

置き碁経験の少ない(ほとんどない)人に「いくつでも好きなだけ置いてください」と言うと、結構な確率で「では四子置かせて頂きます」と返ってきます。そして「でも四子でも負けちゃうのかもしれないなあ」と言いながら四つ石を置く。

相手の方としては「囲碁において隅は大きい。その隅を先に全部打って良いならそう簡単に負けはするまい」と考えているらしいんですね。

思い起こせば私の初置き碁。相手は孔令文六段。「いくつでも良いですよ」と言われて五子置いたわけですよ。四隅に加えて「プロへの敬意」(笑)で、さらにもうひとつ置いた。置き碁ってのをぜんぜん知らなかった私は「五子も置いたらどうやって勝負にすんのかなあ」なんて考え「こういう場合はマナーとして黒からネジリアイの勝負にしなくちゃいけないんだろうな」とか。

…。もちろんぼろぼろの惨敗でしたよ(笑)。「ここはそうまでやる必要はなかったのでは?」という検討に対して「五子だからこちらから仕掛けないと失礼なのかと思いました」(笑)。

四つ置いても五つ置いても、そして九つ置いても負けることがあるんだと知るのは結構良い勉強ですよね。そしていつか「絶対に負けない」手合いがあるんだということを知る。それは九子でも七子でも、あるいは十三子でもいい。とにかく「これだけあれば百回のうち93回は勝てる」(まだ「ちょんぼ」を皆無にすることなんてできませんからね^^)という手合いを発見する。そういう発見をした人は、絶対に強くなってます。「絶対の手合い」を発見すれば、あとはそこから石を減らすことができるよう努力すれば良いだけですね。

誰に対しても「いくつ置いても負けるように思う」と思っている時期と「あの相手になら九つで絶対に勝てる」と思う時期。そんなにギャップはないように思えるかもしれないけど、私にとっては結構乗り越えるのに苦労したギャップでした^^。

2007年07月02日

こばぴに十五目負けました。

う~ん、こばぴに十五目負けた九子局。

まあ、とりあえず「おめ」>こばぴ。今日の碁は手どころをみんなケアする打ち方だったから、「損」はしても「負けない」打ち方だったんだろうなあ。

中盤の終盤。そ~っと目算すれば私のハンディは約50目。しかも彼女は一石碁でヨセも黒が手厚そう。「はなはだ遺憾ながら投げようかなあ」という思いが去来した。そして彼女は手厚さを意識してなのか、先手ヨセに回る。

「む~。こらほんまにあかんわ」。

ところが彼女。先手で打ちながら一カ所で15目の損をくらって、あとは細かく3目~5目損をしていく^^。「む~。こりゃおいつけるかもしれんぞ」。投げるに投げられない状況で碁は続いて、そして最後、私が狙っていた20目得をするところを先に打たれて5目しか得をできずに終局。計算が合っていたというかなんというか、15目負けてしまった^^。

終局後の彼女。「今日はヨセもちゃんと打てましたか?!」。む~。中ヨセから数えて40目ほどの損を「ちゃんと」と呼ぶならちゃんと打てたんだろう。いつもはどっか潰れる君だものな。

「君、もしかして『碁』が打てる人なんじゃないの?」。そんなことを感じた今日の一局ではありました。

「俺に九子で負けない自信はついたかい?」。「ちょっとつきました。でも今日はヨセを褒められると思っていたんです…」とは彼女の最期の(?)言葉でありました。

2007年07月04日

あ~、昇段しますた。

えっと。火曜進級コース、昇段しますた…。

今。

ハッピーマンデー … 初段
火曜上級 … 三段
火曜進級 … 四段
日本棋院二階 … 五段

プロ棋士認定 … 強い三段

日本棋院ネット対局場 … ぷらいすれす(笑)。

と、そんなんでました^^。

ペア碁のペアはいずこも。

最近知り合った方に、夫婦で囲碁教室に通っている方がいらっしゃいます。結構囲碁イベントなんかもお好きなご様子。

「ご夫婦でペア碁などには出られないんですか?」と尋ねてみた。すると奥様答えて曰く。「一度出たんですよ。でもダンナがぶち切れになっちゃって」。

どわっはっはっは。

「ああ、それはいずこも同じですね」と言えば「でも昼食のときとか口もきかなくなるんですけど」。

ぶわっはっは。昼食一緒なだけ良いじゃないですか。ぼく、ブチキレになると食事も食べなかったりするんですけど(大笑)。

いやね~。そのご夫婦。お二人の棋力がだいた同じくらいなんですよ。これは私の持論なんだけど、へぼ(私レベル)のペア碁ペアは棋力が接近していない方がいい。同じくらいの棋力だと、ペアに対する「信頼感」が大きくなって、そこでちょっとしたミスが出ると「いつもはそんな手を打たないのに」なんて思って気持ちが落ち着かない。もう怒るくらいしかなくなっちゃうんですよね^^。

まあ私の場合。ペアがこばぴでも「ふざけんなてめえっ」と言ってる。だから「接近してなければ良い」ってもんでもないのかもしれない^^。そういうペアの方はきっと。「トリプル碁」あたりから連碁慣れしていくと良いのではないかと思う次第でございます。今年のトリプル碁はなんと「12月24日」なんですけどね^^。

# へぼつん、12月24日、暇なんかなあ(笑)。

2007年07月08日

かわいい囲碁教室。

junior igo school time table
なんか先生達がかわいく見えてしまいますね^^。

富士通杯が行われていた日本棋院での風景ではありました(^^)。

2007年07月11日

ワリウチはねえよと、ぼくは思う。

なぜワリウチするの?図はプロの実戦。

右辺中国流だねえ。んで下辺小林流。黒が今受けた手は「単独」の中国流で定石とされる手。で、下辺中国流の中でもこう受けて良いもんかどうか。「良いかどうか打ってみれば良いじゃん」と人は言うけれど、私はそこまで自分を信頼できない。プロがどう考えるのかを知らなくちゃ、図のように受けて良くなっても悪くなってもそれは「時の運」に思えてしまう。

んだから宮崎先生に尋ねて見た。「先生、こういうケースでも図のウケで良いのか。すなわち単独のときの定石を、周囲の状況が違うのに打って良いのかどうか」。

「図のウケがより効果的になっている意味がありますね」と宮崎先生。そうか。なるほど。プロも言うならそうなんだ。確かに「より効果的」には説得力がある。

で、まあその辺はわりと「おかず」。

今日、教室で取り上げたのは生徒の実戦で、ここまでは掲載図と一緒。ただ後に黒Aと打つんですね。私にはこの黒Aが気持ち悪くてしょうがない。

すなわち白は左上オオゲイマジマリ兼ツメの手を打ちます。そして黒は二間に開きます。すると白は左下隅一間にトビサガリ増す。

黒は「二間だから大丈夫かな」という手を左辺で打った「だけ」。一方の白は「打ちたかったところをみんな打たせて貰った」。こういう進行は私レベルにとって気持ち悪くてしょうがない。

「先生。ワリウチが気持ち悪くてたまらない。そういう手はあるのか?」と問うてみた。

「う~ん、私はBですが…」と宮崎先生。そーだよ。そりゃそーだよ。ぼくにはBの一手に見える(あくまで当社比だから、強い人が「じゃあ俺が黒でワリウチでおめーは勝てるのかよ」なんてツッコミは取り敢えず無視です^^)。

「Bだよね。じゃあなぜBと言わないか」とさらに突っ込む私。「ワリウツ人は挟まれることを心配しているのではないでしょうか」。

む。

そういえば、矢代先生も同じようなことを言っていたな。「あなたは挟まれたら付けてという定石を想定しているんでしょうけれど、その定石に自信がなければどうしますか?」。

むむ。

確かにまあそれはある。オオゲイマにかかって挟んでくるって場合、相手が「それなりに」強いことが想定される。そういう相手に対して、三々に付ける定石を自信を持って打てるかどうか。

# ちなみに昔、ある事情があってどこかから私を「やっつけに」きた人がいたんですが、
# その方はここで定石を間違えてました^^。懐かしい思い出です。

「この隅の変化定石は結構長いですからね」と宮崎先生。級位者にとって見れば「長い」定石とは即ち「途中でどう変化するかわけがわからない」ことを意味します。そしてそれが怖ければ確かにここでカカリは打てないかもしれない。「ワリウチなら安心ですから」と宮崎先生。

深く納得しました。ただ、まあ突っ込むならワリウチって「先に損」をしているとは思うんですよ。白にシマリを打たれ、そして「打つタイミング」を見計らっている左下隅のトビサガリを「調子」で打たせることになる。あとの打ち方云々よりそういう「損」が気持ち悪い。

もちろん。右下一段落の後黒Aと打ってそれで碁が負けになるわけはない。ただそういう手が少なく、Bとカカル手が一般的ならばそのBの手を覚えたい。Bからの定石が難しくても、このカタチが「よくあるカタチ」と思うなら定石+その変化を覚える努力をしたい。加えてなぜBで、小ゲイマじゃないのかとかいろいろ勉強していきたい。

そういうのが「碁が打てるようになっていく」過程だと思っている(思いこんでいる)んですよね。こういうところで「損」をすると「頑張る」ことによってしか形勢が逆転できなくなる。碁はそもそも「何もしないことが理想」と思っている私は、こういうところを「損をせずに打てるようになる」ことがスタート地点と思ってる。

実は今日。友人のT君がAのワリウチを打ちました。T君が大ゲイマガカリの定石を知っているわけがないと思った宮崎先生はそこをスルーしようとしました。それで僭越ながらツッコミを入れて、宮崎先生の「ぼくは打ちませんが…」の言質を取ったんですよね^^。

T君はきっと。来週までには隅のオオゲイマがかり定石を覚えてきてくれるはずと思います(^^)。「ネジリによる事故」を期待しない碁打ちになろうと思えば、まず覚えるべきことをしっかり覚える。私はそういう碁打ちになりたいと、思っているのでした。

# 今のところプロの実戦でワリウチを見かけないんだけど、そのうち
# 「チャレンジャー山下」がワリウチで打つ番碁を見せてくれるかもし
# れないという「恐怖」はあります(笑)。

読む手と読まない手

いずれも初級者向けの問題です。

どちらが難しいですか?

右と左、どっちが難しいですか?

私の感覚としては、右側は「見れば答えがわかる」感じ。左の問題はコンマ何秒であっても「読まなくちゃわからない」問題なんですよね。

「聖健先生、この左の問題、ちょっとくらい読みませんか?」と問うてみれば先生は「読みません」。む~ん、やっぱりそうなんだろうなあ。

右の問題について読みがいらないというのは、おそらく放り込みからオイオトシの問題なんてのは数百問も解いているからだと思うんですよね。だから見れば勝手にカタチが浮かんでくる。まあ頭は働いているんだけど、「読む」ように「積極的」に働いているんじゃなくて、なんというか「消極的」に働いている感じ。「受動的」というべきかな。

左の問題は「よくある」というより「考えれば解ける」感じの問題で、とくに問題としての「類型」はないと思うんですよ。だから自分の頭の中にパターン化して入ってない。だからいちいち読んでいかなくちゃいけない。

プロ棋士の場合ってのは石の形が「問題」パターンとしてではなく「囲碁語」のようなイメージで入っているんだと思うんですよ。だから高梨聖健八段は左の問題もまったっく読む必要がない。

ちょっと「違い」を感じた(ように思った)瞬間でした。

2007年07月18日

耳赤とはいきませんでした^^

耳赤ならず!なんかこばぴのブログにも気合いの入った記事がありますが^^。

左図もやはり「黒番どこに打ちますか?(A~D)」の問題。こばぴは「C」と回答しましたが、答えはもちろんB。こんな白の厚みのまっただ中で攻められてしまってはたまらない。

Cと回答するのは基本的に「自分の権利」は見えてるけど「義務」の見えない、いわゆる「若者風」の着手(笑)。

でね。答え合わせが終わった後にふと思ったんですよ。

「天元はどうなんだ。なんでこんなところで長考してんだろ。天元打って見たいな~」みたいな(笑)。

側を通った宮崎先生に尋ねてみましたよ。「先生、天元はどうだっ」。Cと打つより模様を盛り上げることになるかもしれず、Aと打つより左辺への狙いがあるかもしれず、Bと打ちたいところだが、しかし遠くから上辺に声援を送る。

「先生っ。これは耳赤ではあるまいかっ?!」。

馬鹿な私が本気かどうかわからない宮崎先生。まあリスクマネジメントの基本として、そういうときはきちんと回答しておくのが正しい。

「そうですね。ちょっと天元が働く碁にはなりにくいと思いますよ」。

げ~ん。まじめに回答されてしまった。先生は「うちの教室のエース(嘘。単に棋力が一応一番高いだけ)は馬鹿なのか?」と思ったのかもしれない。む~。天元に打って相手が混乱してきたときに「直伝フェイクだぜ」とかわしまくるのはあるかと思ったんだけどなあ…<思ったのかよ^^>自分。

教室。ずいぶん馴染んできた気がいたします(当社比^^)。

2007年07月19日

人生の危機と詰碁。

詰碁教室で。とある高段者がやってきました。「おら、とり。これ解いてみろよ。解けるまで禁酒な」。

出された問題は創作詰碁だったかもしれないので、敬意をしめしてここは類題。2005年7月号の碁ワールド付録「ステップアップ詰碁」に掲載されていた問題です。

この問題。まあ一応「基本詰碁」ですよねえ。一手しか浮かばない。昨日の問題はこれに類似しているんだけど、ちょっとしたナニが必要で、私は迷宮にはまりこんでしまったんですよね。解けた後は「なぜ解けなかったんだろう」と不思議に思うような問題だったんだけど…

私が「うんうん」うなっているときには高段者。「あなたたちは人生に於ける『危機』が少ないんでしょう。だから詰碁なんかも『こんなもん?』と安易に考えたりする」。

む~。まあ確かにそれはあるかもしれんよなあ。「問題」であることは明らかなんだからそのうち解けると思ってた私も、だんだんと時間が迫ってきて焦ってきた^^。教室終わったら飲みに行くことになってるのに、禁酒はまずいぞっ。

と、他にナニするでもなく、その高段者と別の人の対局は眺めたりしたけれど、でも基本的にはずーっと詰碁考えてた(笑)。で、教室終了の数分前にようやっと解けましたとさ(笑)。

「いや~、俺も『人生の危機』だったよな。これできっと強くなったに違いない」(笑)。石倉先生の「毎日詰碁やってますよ」の言葉を聞いてから。一応毎日詰碁やってるんだけど、まだまだ詰碁は苦手なんだなあ^^。精進致します、はい。

2007年07月24日

全国高校囲碁選手権と洗心の間。

Nihon Kiin Entrance
今日から全国高校囲碁選手権が開幕します。昨日の棋院入り口には各地区代表選手達の名札がぎっしり(えと、ちょっと問題ある気もするけど、まあそれはおいときますか)。

各都道府県代表チームが参加して、各チームは3名ずつで、かつ男女チームがあるんですよねえ。すごい人数が棋院に集まることになります(^^)。

で、もう「高校」なんてのははるか遠い思い出、というか、記憶から消えてなくなりそうな昔になりそうな私。「全く関係ない」かと思えばそうでもない。

と、いうのも全国高校囲碁選手権が行われる本日も、通常通り囲碁教室はあるんですよね。普段は二階の教室を使っている今日の講義ですが、大会のため二階は満員。なので。なのでプロ棋士も対局する「洗心の間」が会場になるんです(^~^)。

「プロの打つ場で碁が打てる」という感情的な満足もありますし、もうひとつ物理的な満足もある。それはすなわち「洗心の間」では碁石が「蛤」なんです♪

最初「碁石は蛤が良いとされている」なんてことも知らないうちにガラス碁石を購入した私(碁を始めようかなと思った翌日に買いました^^)。蛤碁石なんて眼にすることすら滅多にない。こういうイベントと教室が重なったときくらいしか蛤碁石を持つことはないのでした。

タイトルが「高校囲碁選手権」で、中身が「高校生諸君頑張れ」じゃないのはどうかと思いますが^^、でも、ありがとう^^>「高校囲碁選手権」。

ちなみに写真。入り口のガラスドアに二段に柄テープが貼ってありますね。おわかりになりますでしょうか。あまり趣味の良いものではありませんが、このテープ、実用目的で貼られているんですよ。

このドア、棋院の一階がリニューアルしたときにできたんですが、当初はテープなし。すると透明度の高い「ニュー・ドア」に激突する人が大発生してしまったんです(笑)。いえ、棋士の方は知りませんが、一般の客で激突する人が多かったんですよね。ひどい時には大出血になっちゃったりして。

最初は「ガラスです、気を付けて下さい」なんていうメッセージが張り出されてたんじゃなかったっけな。そんなメッセージよりは、テープを貼った方が「ちょっと」おしゃれですよね。日本棋院も頑張っているのです(^^)。

2007年08月07日

プロの読む手、読まない手。

この手を読むようじゃプロ失格「これを読むようじゃあプロ失格ですね」とは高梨聖健八段。

うん。そうだと思ったんだよな。黒先白死の問題なんですけどね。恥ずかしながら私。計測不能に近い時間だとは言え、この図は「読み」ます。コンマ1秒は読まないけど、でも読むのは読む。

「たぶん強い人はこの図を読まないだろう」と思って質問。

「聖健先生はこういうの、読まないんでしょうね?」

これに返ってきたのが冒頭の返事。「小さい頃からやってますからねえ」と。加えて「とりさんもこれ、読まないでしょう?」と。読むんだよなあ。自分でとても悲しいけど、読んじゃうんだよ。

「ぼくも10年くらいしたら読まないようになりますかね?」。しばし考えた高梨聖健八段。「大丈夫。5年で読まないで済むようになるでしょう」。慰められたのか貶されたのか(笑)。

「授業中に質問がないと寂しいですね」と言う高梨聖健八段。でもたまに質問をすると思わぬ逆襲を喰らうこともあったりします^^。

「センセイ、ほんとに死んでますか?」
「いいですよ。とりさん、勝負しましょう。そのかわりぼく、強いですよ」

このやりとりは「まい・れじぇんど」です(笑)。

この手が打てない!

この手が打てない高梨聖健八段。授業時間が終わるとよく自らの実戦譜を並べてくれます。

これはちょっと古いけど7月23日号の週刊碁「これぞプロ!」に出た譜。ちなみに私、「これぞプロ!」はあまり見てません^^。「まあ部分的にそう打つよね」という細かなところが多くて、取り敢えず現時点の私の勉強にはならないのです。

ちなみに聖健先生の碁を紹介したのは山田規三生九段。「高梨さんとはよく飲みます。いいところを探してやろうと気合が入りました」。うん。そういえば二人の相合い傘も見たことがある(笑)。

で、図ですよ。今、聖健先生がツケを打ったところ。あ、相手は田原靖史六段。白の強いところで戦わず、調子のサバキを求める手という意味ですね。

ただ。この手はぼくたちも読んでみる。この局面、第一感が縦に二路上に寄った二間飛び。で、それだと味を消しそうな意味もあって、「それならば」と次に読んでみたくなるのはこのツケ。

# ま、どーせ私ゴトキには読み切れないんですけどね^^。

だから示されたこの手はわりと良いんだけれど、実はその前の手が打てない。前の手とは15の九のボウシ。一応「形」だからボウシは考える。だけど白が最強にツケで頑張ってきたとき、どうも良い流れが浮かばない。私ごときが流れを失えば、それはすなわちモチコミになりかねない。

だから私はハナヅケは打っても、その前のボウシは打たないわけですよ。しかしこの後の進行(週刊碁をご覧ください^^)ではボウシがあるからこその進行になるんですよね。

「先生、ツケは俺も打つかもしれん。しかしボウシ。あれが打てないんだよなあ」
「あはは。ツケよりもボウシが『素晴らしい手』だったかもしれませんね」。

むむ。まあそれくらいは認めるさ(笑)。

「でさ。何考えてボウシ打ったですか? 僕も打てるようになりたいんだけど」
「え? え~と、何も考えてません」。

くく。結構そうなんだよなあ。なんか自分の中で組み立てるストーリーが途切れるところ。そういうところへの着手について「なんで?」と食い下がると「そこには石があるものだと思いました」とかいう返事が戻ってくる(笑)。

「なんだよ~、それ~。考えてねえんじゃ~学びようがねえじゃねぇかよ~(;_;)」
「あはは。ぼくは子どもの頃からやってますからねえ」。

くそ~。確かに碁を論理「だけ」で打つのは、すごく遠回りだと思う。でもいつかそういう手、打ってやるからな~。

と、このところそんな思いもあり、若干対局数を増やしていたりするんですよね~(^^)。

2007年08月09日

こばぴに互先で負けた件。

調子に乗ったこばぴが「あれ? ブログに書かないの?」とか何とか言う前に書いておこう。

え~、こばぴに互先で負けました。

空き時間の遊びのつもりで打ち始めた私。こばぴと互先。握ってしかも私が黒。両高目から思いっきり戦う意欲的な(笑)布石。で、私が好戦的な布石を敷くと必ず入ってきて戦うこばぴ。今回も入ってきて青息吐息。そのままぶっつぶして終わりのはずが…

「とりさん、久しぶりに如何です?」と教室仲間。私に一度だけ九子で勝ったことがあるんだけど「もう一度勝つことができれば石を減らします」と、一方的に手直りを拒否した私になかなか勝てないでいる方^^。

「あ、そうですね打ちましょう」。そう返事をしつつ、二面にすると一方が互先の黒。もう一方が九子局の白ということになる。実は私、この「色違い二面打ち」が驚異的に苦手なんですね。碁は当然ある程度のヨミや方針に基づいて打ち進めるわけですが、色違い二面打ちだと一手打つ毎に思考がリセットされてしまう。

「すみませんが、もうちょっと待って下さい。今こちらを終わらせますから」。

そう言ってこばぴとの方を強引に攻めに行くんだけど、こばぴがなかなか粘る^^。「じゃあ仕方ありませんね」と、結局は色違い二面打ち。

九子の方はきっちり勝たせて頂いたんですが、こばぴとの碁の方、作って盤面十目も負けました(涙)。

くぅ。言い訳と言うなら言え。しかしこの「色違い二面」だけは絶対の言い訳にさせてもらうぞ。俺は確かに君に一度互先で負けた。それは認める。しかし今回の負けは 0.3 敗くらいにしとく(笑)。

# 今度「すんごい」目にあわせてやるからなっ。

2007年08月19日

日本棋院囲碁学校対抗戦 結果

3rd place for an igo competitionこの前、とある投稿で実名をまんま載せたら驚かれてしまったので、今回はモザイクしてみました^^。

で、結果はご覧の通り4勝1敗で3位。最後負けた人は3子くらい上の人かと思った。強かったなあ。

で、かる~く振り返ると。

2、3回戦はめっちゃ細かい。2回戦が 1.5 目で3回戦が 7.5 目。まあ7.5目は細かいと言わないのかもしれないけれど、実はもうちょっと優勢な感じがあるところからここまでに詰められてしまったので汗だらだら。

4回戦は土曜日のサロンに通われているおばさまとだったんだけど、このおばさまとの対局が一番痺れた。「私は攻め気が強くて地ができないのよ」なんて和気藹々と打つんだけど、なかなかどうして「攻め気が強い」ってより、本当に強い。

「う~ん、やべえなあ。この人本当は五段くらいある人なんじゃねえのかなあ」なんて汗と一緒に涙まで出てくる始末^^。中盤で相手の方の「素早い諦め」のおかげで数子がモチコミになって「ああ、これでようやく勝った」。なんか久しぶりに「ほんまもんの攻め」(当社比)を見せてもらった気がしたなあ。

で、これは「日本棋院の大会」だったせいなのか、そう言えば「すごい悪力(当社比)」という方がぜんぜんいらっしゃらないのも特徴だと感じました。おかげでいずれも気持ちの良い碁を打つことができて個人的には大満足。

「教室対抗なんてさ。ちょっと企画倒れの臭いがあるかもよ?」なんて思ってたんだけど、これは良い大会でした(^^)。

ハッピー・マンデーの十数級なんて人も大会に出ててね。「大会なんてものに出る機会を与えて頂きまして」なんておっしゃりつつ、喜んでいらっしゃいました。そういうの見ると嬉しくなって、そしてちょっと悔しくもなりますかね。

朝から五局ってのは、相当に疲れましたが、でも楽しい一日でした。

2008年02月01日

横須賀基地の囲碁教室

「おや、このポスターは…」と、気になるポスターがあれば、それはたいてい日本棋院のものではないポスターだったりする(笑)。

まあそれはともかく、そういえば先日、とある先生に横須賀基地で囲碁教室をやってるって話を聞いたっけ。出入り時のチェックが結構厳しいそうですよ(^^)。

2008年06月18日

終わってしまえば? > 日本棋院普及事業部

市ヶ谷本院の教室と八重洲、回数券があるから八重洲を選ぶという生徒がいたり、ときに忙しくなるから通えない人がいるということを重々知りながら下した決断がこれ。

逝ってよし、日本棋院普及事業部。

nihonkiin flyer

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