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2008年04月 アーカイブ

2008年04月05日

産経抄に趙治勲登場

本日の産経抄に、25世本因坊治勲の話が出てますね。

沢木耕太郎氏が趙さんのことを書いたノンフィクション『帰郷』によれば、かつて後輩たちにこんなことを語ったそうだ。「地球に朝が来るように、世界は常に若い力を欲している」。だから若い人に負けるのは当然だが、若い人が年長者に負けてはいけないのだと。

沢木耕太郎は、スポーツ関係のを数冊しか読んだことがなく、囲碁の話は知りませんでした。そのうちに読んでみたいと思いますが、面白い本でしたか?

Amazon の紹介文を引いておきます。

三浦和義、趙治勲、石原慎太郎等六人が走らせる運命という名の馬車に、束の間同乗して心のヒダを克明に描く人物ノンフィクション

馬車は走る (文春文庫)
沢木 耕太郎
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4 運命の馬車に同乗できることの興奮
5 私は沢木耕太郎が好き

2008年04月13日

「新手」の研究

ちょっと前の話になっちゃうんだけど、7日の日経夕刊、将棋の新手ブームが記事になっていました。将棋はぜんぜん分からないんだけど、たまに解説番組を見ていると、確かに新手ブームってのはあったのかな。

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囲碁の方も、中韓に「普通」に負けるようになってから、いろいろと面白い手が出てきましたよね。まあ私が碁を始めたのがその頃だから、それ以前のことはよくわかんないんですけど^^。

で、この記事の結びの部分がちょっと気になった。

半面、ベテランの淡路九段は「最近のプロの将棋は、アマチュアには難しすぎる。アマの模範にならないといけないのに」と複雑な顔をする。森内名人は「プロの新手は基本を踏まえたうえでのもの。将棋ファンの方は、まずは基本に忠実に」と話している。

後段は全く同意するし、当たり前のことと思う。まあ「碁は自由」論者には同意してくれない人もいるから、「個人的には当たり前」にしとく。

ただね。プロが新手研究を行う際に「アマの模範にならないといけないのに」というブレーキがあるのだとしたら、そんなブレーキはぜったいに取り払ってもらいたい。プロが「すごすぎる手」を打った時、その手がどういう考えや、部分的なヨミで打たれてるか考えるのは、一義的には鑑賞者の義務だから。

まあ囲碁界の場合。「カミソリ坂田」先生のように「なんじゃこれ」(当社比)の打ち方が普通にあった。無冠になってしまったけれど、二十五世本因坊治勲だって「アマの手本」って観点から考えれば「おかしい」ところがたくさんある(当社比)。さらに言えば女流だって、「私はいつでも戦うわよ」風の打ち方があったりするみたい。

そういうのを考えると、少なくとも囲碁界においては「アマの手本に」なんてブレーキはないんだろうな、きっと。

記事に書かれた淡路九段の発言が、どのような意図のものなのか、まあちょっとわからない。で、私などは確かにプロの着手に「手本」を求めてはいる。でもそれは「自分の理解できる範囲」でのこと。「その手はないと習ったが」と思ったにしても、「ここでは自分に理解できない『事情』があったんだろう」と考える。

個人的には「アマの手本」を、あまり狭くとらえて欲しくはないですね。

2008年04月19日

夏碁に炬燵俳諧

最近、なんか英単語ブログばかりにかまけてます^^。

で、その流れでたまたま眺めた『成語林』(これ、今でも売ってる?)。そこで発見したのがタイトルの「夏碁に炬燵俳諧」の言葉。

(夏は涼みながら囲碁や将棋を楽しむのがよく、冬は炬燵にはいって暖まりながら俳諧をつくって楽しむのがよいという意から)季節ごとにふさわしい楽しみ方があるということ。「夏将棋に炬燵俳諧」ともいう。

知りませんでした^^。

私が囲碁を始めたのは「俺って日本人なのになあ」という思いからではありました。

成語林―故事ことわざ慣用句

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