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iza より「すがすがしかった小中学校囲碁団体戦」

iza というニュースサイトに「すがすがしかった小中学校囲碁団体戦」という記事が出てた。なんかこういう「一般」メディアに「囲碁」のことが載るとちょっと嬉しくなったり^^。

面白い、というか常々「囲碁の魅力のひとつ」と考えているのに合致する言葉。

勝っても「やった!」と喜ぶ子供はあまりおらず、素人にはどちらに軍配が上がったのか分からないこともたびたび。

思い出したのは。とあるバーのママ(なんか一気に記事の隠微度が増すな(笑))の疑問。

サッカーってゴールしたらダンス踊る人なんかもいるのに、ラグビーはなんでトライをとった人が黙々と自陣に帰っていくの?

そのときの自分の説明は未だに気に入ってる(笑)。

すなわち、サッカーのゴールというのは、最後の瞬間まである程度の「偶然」に影響を受ける。動いているボールを足で蹴るのである以上「当たり所」(柳沢のアウトサイド)とか、「たまたまキーパーの正面に」とか、「ちょっとしたずれ」でポストに阻まれるとか。そういう「偶然」を乗り越えてゴールを奪えば奪った本人に歓喜が訪れる。

一方ラグビーのトライというのは「トライの形」になればあとはもう必然であって、トライを「とること」が凄いんじゃなく、「トライの形」にすることが凄い。だからトライをした人自身の思いとは「やってやったぜ」ではなくて「やっぱりトライになるよな」という「確認」のような意味がある、と。

囲碁の勝敗も「確認」であるように思いませんか。相手の手が乱れれば「よ~し、やったぜ!」ではなく「なぜそんな風に打つんだろう?」と疑問に感じ、「それは即ちこちらの棋力が上回っているのだな」という「確認」。

負けるときも「うまくしてやられた」というよりも「そんな動きがあったのか」とか「相手の読みの能力に自分の読みが追いついていない」という「確認」。

「出会い頭の一発に沈んだ」なんて「ハプニング」がほとんど排されているのが囲碁の魅力だと思ってる。そして、参照元記事の「勝って大喜びする子が少ないという」現象も、この囲碁の魅力を表現していると感じるのです。

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コメント (3)

hexagoban:

明解な説明ですね。納得しました。

エッセンスは「とってもわかりやすい」と思うんだけど、「偉そうさ」とかを排除して記事を書こうと思ったらグダグダな文章になっちゃいました(苦笑)。

なんか、、、すみませんでした^^。

GO!:

うーん、サッカーマニアとしては「囲碁アリ!」じゃなくて、「異議あり!」ですな(笑)。

サッカーとラグビーの「必然」「偶然」はとりあえずおくとして、終局時の光景に比較するなら「ゴール」でなく「タイムアップ」の時ではないでしょうか?

喜び方を魅力とするかも人それぞれなので、ちょっと今回の記事は賛同しかねました(笑)。

細かくてスミマセン。

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