おっかしいな。私、前に三村智保九段の『石の形 集中講義』のレビューを書いていませんでしたか? 個人的な事情でもしかすると書いてなかったかもしれません。
どうもレビュー記事を書いていなかったようだけど、まず右の「集中講義」、素晴らしい本なんです。とある級位者が「とりさん、すげー本見つけちゃいました」と紹介してくれた本。彼はよく勉強してるんだけど、碁に触れる機会が少ないせいもあって、わりと評価が甘いんですよね^^。だから「うん、あなたが言うんだから水準くらいはあるんだろうね」と偉そうに勝手判断してた。ところが入手してみると本気ですごかった。
よくウワテやプロと打つことがあると「ここは形」とか「それは形が崩れてる」なんてことを言われますよね。私も「棋譜並べ」だけで棋力を維持してる面があるから^^、しばしば「そんな形、見たことない」なんて偉そうに言ってみたりします。
そして三村九段の『石の形 集中講義』は、その「形」の「考え方」を示してる本なんですよ。あたかも「感覚」で身に付けるしかないような「石の形」。それをきちんと論理的に、かつわかりやすく説明してる。私のように中年になってから碁を覚えた人にはとくにお勧めのように思います。
と、前フリが終わってようやく今回読み終えた方の話。『石の形 矯正トレーニング』。こちらは前著に比べるとやや「問題集」寄りになってます。ただ、その問題が最終章を除いてすべて「説明したことだけを問う」問題になっているんですよ。
すなわち「裂かれガタチはいけません」と説明する章があれば、そこに掲載されている問題は全て「裂かれガタチ」に関する問題ばかり。したがって回答者には「ヨミ」が必要ないんですよ。「ああ、裂かれガタチがいかんというなら、自分が裂かれないように、相手を裂くように打てば良いのだな」と思って解けば全問正解。
「そんな安易な!」と言う人もいるかもしれない。「囲碁とは即ちヨミである」と、こういう「カタチ」に頼ったやり方を嫌悪する人すらいるかもしれない。
そういう人には三村九段の言葉を引いておきましょう。即ち
「かなりの高段者になれば別ですが、ほとんどのアマはこういうところで考えてはいけません」
これ、実は極論でもなんでもないんですよね。昔、私が大会で相手に九子置かせつつ5分しか時間を使わずに打って勝ったという記事を投稿しました。私に九子置くくらいだから相手は弱い。そういう場合「カタチ」だけで打っていて碁は負けないんですよね。ときに「俺もちょっとくらいは読まなくちゃいけないな」と自省することはあるけれど^^、でもどうせヨミ抜けする私程度のヨミ能力であれば、私は自分の「カタチの知識」を信頼してる。
そういう意味で、本書のように「このカタチに気を付けて」と説明した直後に「カタチだけ」で解ける問題を掲載しているのは面白い試みです。読者もいつの間にか「わかんないけどだってカタチじゃん」なんて言えるようになりそうな気がします(^^)。
「矯正トレーニング」だけでも十分役立ちますが、個人的には「集中講義」から続けて読むことをお勧めします。この二冊を続けて読めば、いつのまにか「カタチ通」になっていることと思います(^^)。
