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2007年07月 アーカイブ

2007年07月01日

大和証券杯後のオフ会で。

「とりさん」って名前には「夢」がないなあ、と言われた(苦笑)。言われてみればその通りと思う。なぜ「とりさん」にしたか、本人すら覚えてないんだものなあ…

で、そのことをどうしても書いておきたかった。でも囲碁の話とほとんど関係がないからどうしようかと思った。

で、結局そのことはここに記事として書いてしまってるけど、サイドバーに「ちょび」という掲示板を貼り付けてみた。これがあれば記事にするほどでもないことを残しておけるし(50件だけ記憶して後は古いものから消えていくそうです)、ちょっとしたメモなんかを送って貰えるかもしれない^^。

もしなんか機会があれば、使ってみてやってください^^。

大和証券杯 大盤解説会

行こうかどうしようか悩んでいた大盤解説会。14時開場のところを13時半くらいに行ってみたんですが、ついてびっくり。なんと猛暑の中既に「行列」ができてるじゃありませんか。

開場前からの行列

「お~、囲碁で行列なんて、ペア碁の決勝@恵比寿みたいだなあ」とびっくり。出会ったネット対局場での知り合いは「女流の人気、石田先生の人気、それからまあ黒衣子さんの人気ってのも一応つけておいてあげようよ」(笑)。

で、さらにびっくりしたのがスペシャルゲスト。

高尾紳路先生

写真がきちんと撮れなかったからサイズを小さくしてごまかしてんだけど、これはまごうことなき高尾紳路名人本因坊。「囲碁将棋ジャーナル」での生出演を終えて、そのままお越しいただいたそうで。

高尾先生って、「ややマイナー」な存在から(失礼^^)、一気に頂点に駆け上がってしまったから、あまり解説なんかを聞いたことがないんですよね。でも昨日、しばらくの間実現した石田先生とのW解説は面白かったなあ。ちょっと話を面白くし過ぎたんじゃないかとむしろ心配になってしまったくらい(笑)。

なんか。

碁も「想像してた」小林泉美六段の碁とは違ったし、石田先生・高尾先生の解説も面白かったし、もちろん黒衣子さんも頑張ってたし(^^)。そして言うまでもなく大会運営もしっかりできていたし。とても楽しい一日でした。

大和証券杯 レディースファイナル

daiwafinal.png「これでだいたい白が負けにしたかな」という場面。

石田芳夫九段は「白Bに打たないとしょうがありませんね」。で、実戦はAと打って種石の二子を抜かれてしまって「もうこれは泣いてます」(石田九段)。

ここで加藤啓子五段がなぜ白Bと打たずにAと打ったのか。局後加藤五段は「ワリコミから来る手を見損じていた」ともおっしゃってましたが、読みの前にまずBと打ちたくない理由があった。

それは、

白Bがケイマノツキダシだから

ケイマノツキダシってのは、結構誰かに教わるまでは平気で打ってしまう悪手。私レベルがネット碁を打つと、相手の方は結構平気でケイマノツキダシを打ってくることが多い。

局後の石田九段。「ケイマの近辺を打つなら普通はツケコシで打つんですね」。ああ、そうか。「突き出しは相手を強化するだけで良いことがないので、切らないのなら打っちゃダメ」と私などはよく言います。でも「普通はツケコシだけど、その手をなくすからツキダシはだめ」という方がわかりやすいのかな?

「しかしこの形だと、どう見てもツケコシでは打たないわけです。しょうがないので打つしかなかったですね」と石田九段。

ふむ。とても勉強になった解説ではございました(^^)。

『文人囲碁会』 by 坂口安吾

青空文庫に坂口安吾の『文人囲碁会』という作品が登録されました。

ごく短いエッセイで、内容も取り立てて言うまでもない程度。でも我らマイナー趣味仲間は、こういう「メジャーとの関わりをもちそうなところ」は逃しませんね^^。

2007年07月02日

本因坊雅号の一般公募…

週刊碁ブログの記事

つきましては「週刊碁読者の皆さんにもお知恵を」とのことで募集することになりました。

え~(苦笑)。「名前募集」と言えば記憶に新しいのが四天王ニックネーム。大々的に募集したにも関わらず、少なくとも私の印象によれば「惨敗」(笑)。単なるニックネームで惨敗したにも関わらず「由緒正しい」本因坊の号でまた再チャレンジとは…^^。

本因坊の号なんかが一般公募されて欲しくないって気持ちもあるし、記憶に新しい「惨敗」からも「それだけはやめておいてくれ」と思ったことが実現してしまいました^^。

こばぴに十五目負けました。

う~ん、こばぴに十五目負けた九子局。

まあ、とりあえず「おめ」>こばぴ。今日の碁は手どころをみんなケアする打ち方だったから、「損」はしても「負けない」打ち方だったんだろうなあ。

中盤の終盤。そ~っと目算すれば私のハンディは約50目。しかも彼女は一石碁でヨセも黒が手厚そう。「はなはだ遺憾ながら投げようかなあ」という思いが去来した。そして彼女は手厚さを意識してなのか、先手ヨセに回る。

「む~。こらほんまにあかんわ」。

ところが彼女。先手で打ちながら一カ所で15目の損をくらって、あとは細かく3目~5目損をしていく^^。「む~。こりゃおいつけるかもしれんぞ」。投げるに投げられない状況で碁は続いて、そして最後、私が狙っていた20目得をするところを先に打たれて5目しか得をできずに終局。計算が合っていたというかなんというか、15目負けてしまった^^。

終局後の彼女。「今日はヨセもちゃんと打てましたか?!」。む~。中ヨセから数えて40目ほどの損を「ちゃんと」と呼ぶならちゃんと打てたんだろう。いつもはどっか潰れる君だものな。

「君、もしかして『碁』が打てる人なんじゃないの?」。そんなことを感じた今日の一局ではありました。

「俺に九子で負けない自信はついたかい?」。「ちょっとつきました。でも今日はヨセを褒められると思っていたんです…」とは彼女の最期の(?)言葉でありました。

横田茂昭九段の惜敗

碁聖戦第一局。

の、前に。私、関西棋院の「前田亮」という棋士のおかげで関西棋院が大嫌いになりました。まだタイゼムに移る前、どこか(ごめん、忘れた)で関西棋院主催の解説会をやってたんだけど、あまりの身贔屓で見苦しいことこの上ない。彼の解説を数局見て以来、取り敢えず「関西棋院」の名を聞けば50歩くらい引いて見るのが癖になりました。

で、碁聖戦第一局。

ある棋士と話をしたんですよ。「序盤、あの盤面は張栩碁聖の碁になるのかなと思ってみてたんですよ」と私。「ええ、そういう臭いもありましたが、黒が『しっかり』打っていましたものねえ」とプロ棋士。「失礼は承知で言うんですけどね」と私。「あの碁を、張栩碁聖を相手に、まとめきれる棋士がそんなにいるとは思ってなかったんですよ」。

その「碁をまとめる」という表現は、話をしている当の棋士から学んだ言葉です。彼は高尾名人・本因坊の碁を指して「まとめるチカラ」という表現をします。だから彼と私の間で言う「まとめる」という表現は最大限の賛辞。

「でも、とりさんは知らないんだろうな」とその棋士。「横田先生が強いことというのは、ずっと前から有名な話なんですよ」。今日の碁を(コウになったところまでしか見てないけど)見て、私もそれは納得しましたよ^^。

「次の局だよね」と私。「一局目、本来は勝っていたはずの碁だったと開き直らないと次が辛いよね」。答えてプロ棋士曰く。「そういう風に開き直るためには相当な経験や自信が必要だと思いますね…」。

関西棋院は、前田亮六段の生中継を見れば本当に心から大嫌いです(もちろん会ってみれば「良い方」である可能性は非常に高いけど)。そんな思いもあって、碁聖のタイトルはぜひとも防衛して貰いたいと思ってる。ただ、今日の「まとめるチカラ」はまた見せてもらいたいな。

今日は「予想以上」にびっくりしたんだけど、次は十分に「横田茂昭は一流棋士」の思いを胸に観戦させて頂きたいと思っているのです。

2007年07月04日

あ~、昇段しますた。

えっと。火曜進級コース、昇段しますた…。

今。

ハッピーマンデー … 初段
火曜上級 … 三段
火曜進級 … 四段
日本棋院二階 … 五段

プロ棋士認定 … 強い三段

日本棋院ネット対局場 … ぷらいすれす(笑)。

と、そんなんでました^^。

ペア碁のペアはいずこも。

最近知り合った方に、夫婦で囲碁教室に通っている方がいらっしゃいます。結構囲碁イベントなんかもお好きなご様子。

「ご夫婦でペア碁などには出られないんですか?」と尋ねてみた。すると奥様答えて曰く。「一度出たんですよ。でもダンナがぶち切れになっちゃって」。

どわっはっはっは。

「ああ、それはいずこも同じですね」と言えば「でも昼食のときとか口もきかなくなるんですけど」。

ぶわっはっは。昼食一緒なだけ良いじゃないですか。ぼく、ブチキレになると食事も食べなかったりするんですけど(大笑)。

いやね~。そのご夫婦。お二人の棋力がだいた同じくらいなんですよ。これは私の持論なんだけど、へぼ(私レベル)のペア碁ペアは棋力が接近していない方がいい。同じくらいの棋力だと、ペアに対する「信頼感」が大きくなって、そこでちょっとしたミスが出ると「いつもはそんな手を打たないのに」なんて思って気持ちが落ち着かない。もう怒るくらいしかなくなっちゃうんですよね^^。

まあ私の場合。ペアがこばぴでも「ふざけんなてめえっ」と言ってる。だから「接近してなければ良い」ってもんでもないのかもしれない^^。そういうペアの方はきっと。「トリプル碁」あたりから連碁慣れしていくと良いのではないかと思う次第でございます。今年のトリプル碁はなんと「12月24日」なんですけどね^^。

# へぼつん、12月24日、暇なんかなあ(笑)。

三村智保の「石の形」

おっかしいな。私、前に三村智保九段の『石の形 集中講義』のレビューを書いていませんでしたか? 個人的な事情でもしかすると書いてなかったかもしれません。

今回読了したのは左の本。この本は右の本の「続編」のような位置づけです。

どうもレビュー記事を書いていなかったようだけど、まず右の「集中講義」、素晴らしい本なんです。とある級位者が「とりさん、すげー本見つけちゃいました」と紹介してくれた本。彼はよく勉強してるんだけど、碁に触れる機会が少ないせいもあって、わりと評価が甘いんですよね^^。だから「うん、あなたが言うんだから水準くらいはあるんだろうね」と偉そうに勝手判断してた。ところが入手してみると本気ですごかった。

よくウワテやプロと打つことがあると「ここは形」とか「それは形が崩れてる」なんてことを言われますよね。私も「棋譜並べ」だけで棋力を維持してる面があるから^^、しばしば「そんな形、見たことない」なんて偉そうに言ってみたりします。

そして三村九段の『石の形 集中講義』は、その「形」の「考え方」を示してる本なんですよ。あたかも「感覚」で身に付けるしかないような「石の形」。それをきちんと論理的に、かつわかりやすく説明してる。私のように中年になってから碁を覚えた人にはとくにお勧めのように思います。

と、前フリが終わってようやく今回読み終えた方の話。『石の形 矯正トレーニング』。こちらは前著に比べるとやや「問題集」寄りになってます。ただ、その問題が最終章を除いてすべて「説明したことだけを問う」問題になっているんですよ。

すなわち「裂かれガタチはいけません」と説明する章があれば、そこに掲載されている問題は全て「裂かれガタチ」に関する問題ばかり。したがって回答者には「ヨミ」が必要ないんですよ。「ああ、裂かれガタチがいかんというなら、自分が裂かれないように、相手を裂くように打てば良いのだな」と思って解けば全問正解。

「そんな安易な!」と言う人もいるかもしれない。「囲碁とは即ちヨミである」と、こういう「カタチ」に頼ったやり方を嫌悪する人すらいるかもしれない。

そういう人には三村九段の言葉を引いておきましょう。即ち

「かなりの高段者になれば別ですが、ほとんどのアマはこういうところで考えてはいけません」

これ、実は極論でもなんでもないんですよね。昔、私が大会で相手に九子置かせつつ5分しか時間を使わずに打って勝ったという記事を投稿しました。私に九子置くくらいだから相手は弱い。そういう場合「カタチ」だけで打っていて碁は負けないんですよね。ときに「俺もちょっとくらいは読まなくちゃいけないな」と自省することはあるけれど^^、でもどうせヨミ抜けする私程度のヨミ能力であれば、私は自分の「カタチの知識」を信頼してる。

そういう意味で、本書のように「このカタチに気を付けて」と説明した直後に「カタチだけ」で解ける問題を掲載しているのは面白い試みです。読者もいつの間にか「わかんないけどだってカタチじゃん」なんて言えるようになりそうな気がします(^^)。

「矯正トレーニング」だけでも十分役立ちますが、個人的には「集中講義」から続けて読むことをお勧めします。この二冊を続けて読めば、いつのまにか「カタチ通」になっていることと思います(^^)。

2007年07月06日

大和証券と蛯原友里

えと。何度か取り上げた大和証券杯の話。

大会自体大好きで、何の不満もありません(^^)。ただひとつだけ気になることがあるんですよ。それはイメージキャラクタ(?)の蛯原友里。

大盤解説に行くと、抽選会もあって、先日は囲碁年鑑/扇子/図書カード(500円)などが商品でした。で、図書カードの表面写真は蛯原友里。

また、帰る際には大和証券の案内資料(クリアフォルダ入り)が配布されるんですが、このクリアフォルダに印刷されているのもやはり蛯原友里。

私、じつは「えびちゃん」と呼ばれてる、それなりに人気のある「人」がいるのは聞いたことがあったけど、この蛯原友里という人が「えびちゃん」だと知らなかったんですね^^。また、最初に大和証券内に張られてるポスターを見たときにもそれが有名なモデルだなんてぜんぜんわかんなかった。

大和証券杯の周辺で目にした「蛯原友里反応」。

  • お~、これ誰? 何段の人? なんて言ってる人
  • へ~、モデルなのかと言いつつクリアフォルダを「折りたたむ」人
  • 図書カードの表面写真を見て、図書カードだと認識できず袋に戻してしまう人
  • 適当なところに袋をおいて忘れたフリをして放置してしまう人 etc.

いや、蛯原友里じゃなければ反応が変わるのかというとそりゃわかんない。ただ、少なくとも私の周辺においてはあまりと言えばあまりな反応の悪さ^^。

まあ他の機会にも使うものですから「クリアフォルダの写真を張栩にしろ」とかそんなことは言えません^^。ただ「もしかして別の人だったら…」とも思ってみるのです。 あるいは一般的なケースでは「蛯原友里」が結構ウケているんでしょうかね?

2007年07月08日

かわいい囲碁教室。

junior igo school time table
なんか先生達がかわいく見えてしまいますね^^。

富士通杯が行われていた日本棋院での風景ではありました(^^)。

かわいくない依田先生(><)

かわいい囲碁教室に続いては「かわいくない依田先生」。

igo books

日本棋院二階売店富士通杯特集^^より。

こんな本があるのは知らなかったなあ。食指が動きましたが、依田先生の本、まだ並べていないのもあるので我慢しておきました。でも月曜日も売店に並んでるんだろうなあ。不安(?)だなあ…

溝上知親先生のこと。

溝上知親先生。日本棋院二階売店でお会いする確率がもっとも高い先生じゃないかと思ってるんですよね^^。何かイベントがあって日本棋院にいくと、必ず売店で本を眺めていらっしゃる^^。

昨日しばらく手にとって眺めた末に購入されたのは左の本。『石田章 詰碁傑作選』。私のことだからきっと溝上先生に何か言ったと思うでしょ?

「先生なんてこうのに載ってる詰め碁はみんなご存じなんじゃないんですか?」。

うん、やっぱり話しかけちゃいましたよ(苦笑)。先生曰く「いえいえ。日々勉強ですよ」。く。私が書くと別になんてことない台詞だけど、溝上先生がそうおっしゃった瞬間、結構格好良かったでえすよ^^。

で、溝上先生が立ち去ってしばらく後。「本当に先生は『基本手筋の反復』なんて書いてある本が勉強になると思って買ったんだろうか?」。そんな疑問にとらわれて本を開いてみました。

え~と。

私ごときがぱらぱらめくって解ける問題ではございませんでした(苦笑)。

2007年07月09日

石田章先生の詰碁本

life and deth igo problem book from ishida akira 9pえ~っと、これ。

昨日の記事に書いた「みぞっちの買った詰碁本」^^。溝上先生が買われた瞬間「お、この本か!」と携帯で記録しておいた写真。

基本、携帯の写真って後で捨てちゃうことが多いんだけど、結構うまく写っていたので flickr に載っけておきました^^。

さあ、君も。みぞっちの買った詰碁本で勉強してみないかっ^^(石田章 詰碁傑作選 ~基本手筋の反復練習~ (マイコミ囲碁ブックス))。

で、昨日の記事を読んだこばぴに言われましたとさ。「あれ、M田。解けない問題ばかりだったの?」。っるせーんだよ>こばぴ。俺は「ぱらぱら」見たら解けないっつったんだよ。ちゃんと「さあ問題解くぞ」とやれば解けるに決まってんだよ…

多分…。とりあえずいくつかは解けて欲しい…

広いヒラキとミニ中の両方を打つ!

両方打つ先日の富士通杯準決勝、依田先生と同じカタチから。ちなみにこの譜は小林覚先生とチャンハオ。

「これ、面白いね。両方打てるんだね」という私の感想に、速攻でとある高段者のツッコミ。「へ~、君ほど棋譜を並べてる人がそういうこと言うんだね~。しかも小林覚先生が打ってるのに、それでも言うんだね~」。

くく。そいつぁ俺が悪かったさ。悪かったけどちょっと言い訳もさせてくれよぉ。

あまりに低レベルなことを言うけれど、実は私、「カカリ」からの「変則型」ってなかなか打てなかったんですよ。星にカカリを打って、相手のウケに辺の星に飛ぶという打ち方も日本棋院初段を名乗る頃まではあまり打ってないんじゃないかなあ…。

「そんなに一般的なカタチを変則と呼ぶな」と叱られそうなんだけど、自分では「後の打ち方」がぜんぜんわかんなかったんですよね。その後の相場みたいなものが分からずに打つのは「勢いだけ」みたいな気がして、そういうのが一番嫌いだったし…。知らずに打って勝った負けた言うのって、なんか碁じゃないみたいな気がするんですよねえ。それが故に手が縮こまってしまう欠点もあるんだけど。

そんな私だから「ミニ中国流」ってのもずーっと放置してた布石だった。てか、そもそも「なるほどこう打つのか」とちょっと勉強したのが林海峯先生の本(『ミニ中国流の徹底解明―最速の方程式』)を読んでから。だからそれまでミニ中の棋譜はあまり並べなかったし、並べても意識してなかったかもしれない^^。

この布石。最初に左上のカカリ一本の意味を知ったときに感動するじゃないですか。「へ~、なるほど!」って。そして左下については手抜きがあったりカケツギの後、一間に受けないのがあったり、あるいはたまに黒から固く継ぐのもあったりとか、いろんな意味を知ることになる。

で、右上のカカリ一本に関してもいろいろなカタチがあるけれど、本図のようにミニ中を見て「なるほどっ」と思う。そして普通のカタチ通り相手が右辺にワリウツのを見てまたしても「ここはさまでに大きいのかっ」と、改めてミニ中布石の意味を考えるきっかけになったり。

ミニ中が右辺ワリウチと替わって、ある意味で「先手」なんであれば、今度は左辺の「カケツギから一路広く」のカタチが見えてくる。「おごっ。なんか習ったこと全部やってるぞ!?」な感じ。「全部入り布石」とでも呼びましょうか(誰も呼ばねえよ!)。

高段者。ちょっと待ってくれな。この「全部入り布石」をいくつか並べておくからさ^^。で、こういう布石になるのを嫌う場合の打ち方とか、受けて立つ打ち方とか。それを今週のテーマにいたしましょう。

2007年07月10日

石倉都市伝説を斬る。

嘘です、斬りません^^。すみません^^。

ただ、昨日。昨日は石倉先生としばらくの時をご一緒させて頂きました。で、石倉昇九段と言えばぜひ問うてみたいのが「とある手を見て泣き出した」という「石倉伝説」。

ご存じない方のために書いておきます。

石倉昇九段と言うと東大出身。東大出身でかつ一度は大企業に就職された先生。だけど棋士への夢捨てられず棋士になられた異色の経歴を持つ方です。そういう経歴を持つ先生なので、アマの気持ちがよくわかると言われ、「ヒカルの碁」に出てくる「白川道夫」先生のモデルでもあります。

こういう出自ですから、「幼少の頃から囲碁一本」の棋士とは「碁自体」に違いがあるんじゃないかと思われていたりして、それがために生まれたのかと思っていたのが「石倉伝説」。

伝説とはこういう話。

ある日、石倉昇九段が女流棋士相手に誰かの碁を検討していました。そしてある着手を見たときに石倉九段が突然泣き出してしまったのです。どうしたのかと見ている人がおろおろしていると石倉先生。「ぼくにはこういう手は打てない」とおっしゃるのです。「ぼくはいつも、どうしてこの手が必然なのか、その手にどれだけの大きさなのか、計算しながら打っている」。

うん、石倉先生ならさもありなん。でも石倉伝説の先生は、ある手を示しながら続けて言います。

「この手だよ。この手は凄い。こういう手は計算からは出てこない。ぼくにはこういう手が打てないんだ。計算でしか打てないぼくにはこういう手がどうしても打てないんだ」。

そう言って先生が泣いたと言うのです。伝説はまだ終わりません。

石倉先生がそうやって、ある「手」を見て泣いた後日。とある偉い先生がその話を耳にしたらしいのです。その「偉い先生」は、その「泣いた石倉先生」の話を聞いてなんと言ったと思います?

「そうやって泣けるってことは石倉くんもまだ捨てたもんじゃない」。

すごくよくできた話でしょう? 石倉先生と他の棋士の「関係」をうまく表現している話だと思いました。まあうまく「できすぎて」いるから、私は都市伝説だと思ってた。

この石倉伝説自体良い話だし、そして話が長くなっちゃったので、私が「先生っ。石倉伝説の真相はっ?!」と突っ込んだ話はまた別の記事とさせて頂きます^^。

石倉都市伝説を斬る(2)

だから「斬る」ってのは嘘なんだけど、先の投稿のタイトルを「斬る」にしちゃったから^^。

ところで、オトナになってから碁を覚えようとした人は、ほとんどすべての人が石倉先生のお世話になっていると思うんですよね。もちろん私もそう。まだ見ぬ石倉先生に憧れを持っている方も多いのではないでしょうか。

「先生あのね」。

失礼したらマブダチ」理論を持つ私ですから、当然石倉先生にも「お願い」してきました。「先生、私は初心者教室に通っています。そして教室には先生の本を見て碁を覚えたという人もたくさんいます。一度『いしくらだぁ』と教室に乱入してはいただけないでしょうか」。

お互いに酒の席の話だから続きは書きません。書きませんが、石倉先生がのぞきに来て下さったりしたら大喜びしちゃいますよね(^^)。

で、本題の「石倉伝説」です。先の投稿に書いた「伝説」を、直接石倉先生にぶつけてみたという話でした。

「先生、あの話は本当なんでしょうか」と問えば「ああ、河野臨くんとの碁の話ですね」とあっさりおっしゃいます。うご、本当なのか…。

「ぼくが『ここが何目…』と一所懸命打ってたときの話ですよ」と石倉先生が話して下さいました。「ぼくがそうやって一所懸命打ってたらね。いきなり河野臨くんがわけわかんない手を打つんですよ。わけわかんないけど良い手。だけどそんな手が計算から出てくるとは思えない。その手を打たれたこともあって、ぼくは負けちゃったんですよねえ」。

「先生、泣いちゃったと言うのは?」とはナシが続きます。「ええ、悔しいというか、ぼくにはこういう手は打てないなあと思ったらなんだか泣けてきちゃったんですよねえ」と石倉先生。

ほへ~。石倉伝説は本当だったんだ!

「後日談の方は」と問えば先生。「ああ、小林光一先生ですね」とこれまたあっさり名前を挙げられます。「いろいろとお世話になってる先生なんですが、その小林光一先生が『石倉が泣いた』話を耳にされたそうなんですね。そのときに『泣ける石倉は捨てたもんじゃない』とおっしゃったんですよ」。

ふわ~、「石倉伝説」はまるっきり本当の話だったんですね。囲碁界にはこういう面白い話がまだまだたくさん埋まっています^^。

「ところで先生。ぼくは囲碁ブログをやっていますが、今のお話は…」。「こんな話書いていいの?」と思う方もいらっしゃるだろうから注記しておきます^^。問うた私に石倉先生。「だって本当の話ですもの」。

酒の席とは言え、言質は取らせて頂きました。もちろん「酒の席故」の、他のへんてこな話を書かないバーターであったかもしれません(笑)。

日本棋院ボールペン from 富士通杯

a ball point pen from nihon kiin# 誰か欲しい人がいらしたらあげます。言って下さい。一応未使用箱入り^^
# 決して「こんなもんいらねー」じゃなくて、グッズ、たくさんあるのです^^。
# 送るのは面倒だけど…

日本棋院ボールペン。これは富士通杯の「お土産」です。「表彰式後」に大会アンケートを提出した人へのお土産。運営側としては表彰式ががらがらの中で行われるのは避けたかったんでしょうね^^。

優勝した朴永訓九段は来日日だったかその近辺がお母様のお誕生日だったとのこと(正確なところは忘れちゃった^^)。お母様に「プレゼントは何がいい?」と問うたら「富士通杯」と言われたそうです。「まさかと思ってたけど本当に富士通杯をプレゼントにできて嬉しいです」と優勝インタビュー。予想してなかった「ええはなし」を聞かされて、会場も拍手喝采でした(^^)。

大盤解説会自体は「人が来ないんじゃないかと心配してました」と片岡聡九段が言う通り、出だしは結構ガラガラでした。いつも来てる人たちも「日本代表二人のうち少なくともどちらかは!」と思っていて、きっとその失望で来場を躊躇ったんじゃないのかな。かく言う私もそのパターン。でも開始時刻には「まずまずの入り」になっていました。

片岡九段の解説で、すごく当たり前なんだけど「そうなんだよな」と思ったことがあったんだけど、それは別記事に。

尚、今回で20回目を迎えた富士通杯。会場に第一回富士通杯の大盤解説を見に行った方もいらしてました(複数)。ちなみにネット対局場で有名な陰日向な方も第一回富士通杯の現場にいたとのこと。

思い起こせば1回戦だか2回戦の大盤解説の後。ふと通りかかった張栩九段に「ありがとうございました」と言えば、そこらの人全員を巻き込む拍手になったりしたんだった。日本代表棋士の結果は3位と4位ということでやや残念だった。残念だったけど、ファンとして非常に楽しんだ大会でした。

ありがとうございました>棋士の先生方、大会関係者の方々。

え~と依田先生。表彰式に出席してくださってありがとうございました^^。

2007年07月11日

ワリウチはねえよと、ぼくは思う。

なぜワリウチするの?図はプロの実戦。

右辺中国流だねえ。んで下辺小林流。黒が今受けた手は「単独」の中国流で定石とされる手。で、下辺中国流の中でもこう受けて良いもんかどうか。「良いかどうか打ってみれば良いじゃん」と人は言うけれど、私はそこまで自分を信頼できない。プロがどう考えるのかを知らなくちゃ、図のように受けて良くなっても悪くなってもそれは「時の運」に思えてしまう。

んだから宮崎先生に尋ねて見た。「先生、こういうケースでも図のウケで良いのか。すなわち単独のときの定石を、周囲の状況が違うのに打って良いのかどうか」。

「図のウケがより効果的になっている意味がありますね」と宮崎先生。そうか。なるほど。プロも言うならそうなんだ。確かに「より効果的」には説得力がある。

で、まあその辺はわりと「おかず」。

今日、教室で取り上げたのは生徒の実戦で、ここまでは掲載図と一緒。ただ後に黒Aと打つんですね。私にはこの黒Aが気持ち悪くてしょうがない。

すなわち白は左上オオゲイマジマリ兼ツメの手を打ちます。そして黒は二間に開きます。すると白は左下隅一間にトビサガリ増す。

黒は「二間だから大丈夫かな」という手を左辺で打った「だけ」。一方の白は「打ちたかったところをみんな打たせて貰った」。こういう進行は私レベルにとって気持ち悪くてしょうがない。

「先生。ワリウチが気持ち悪くてたまらない。そういう手はあるのか?」と問うてみた。

「う~ん、私はBですが…」と宮崎先生。そーだよ。そりゃそーだよ。ぼくにはBの一手に見える(あくまで当社比だから、強い人が「じゃあ俺が黒でワリウチでおめーは勝てるのかよ」なんてツッコミは取り敢えず無視です^^)。

「Bだよね。じゃあなぜBと言わないか」とさらに突っ込む私。「ワリウツ人は挟まれることを心配しているのではないでしょうか」。

む。

そういえば、矢代先生も同じようなことを言っていたな。「あなたは挟まれたら付けてという定石を想定しているんでしょうけれど、その定石に自信がなければどうしますか?」。

むむ。

確かにまあそれはある。オオゲイマにかかって挟んでくるって場合、相手が「それなりに」強いことが想定される。そういう相手に対して、三々に付ける定石を自信を持って打てるかどうか。

# ちなみに昔、ある事情があってどこかから私を「やっつけに」きた人がいたんですが、
# その方はここで定石を間違えてました^^。懐かしい思い出です。

「この隅の変化定石は結構長いですからね」と宮崎先生。級位者にとって見れば「長い」定石とは即ち「途中でどう変化するかわけがわからない」ことを意味します。そしてそれが怖ければ確かにここでカカリは打てないかもしれない。「ワリウチなら安心ですから」と宮崎先生。

深く納得しました。ただ、まあ突っ込むならワリウチって「先に損」をしているとは思うんですよ。白にシマリを打たれ、そして「打つタイミング」を見計らっている左下隅のトビサガリを「調子」で打たせることになる。あとの打ち方云々よりそういう「損」が気持ち悪い。

もちろん。右下一段落の後黒Aと打ってそれで碁が負けになるわけはない。ただそういう手が少なく、Bとカカル手が一般的ならばそのBの手を覚えたい。Bからの定石が難しくても、このカタチが「よくあるカタチ」と思うなら定石+その変化を覚える努力をしたい。加えてなぜBで、小ゲイマじゃないのかとかいろいろ勉強していきたい。

そういうのが「碁が打てるようになっていく」過程だと思っている(思いこんでいる)んですよね。こういうところで「損」をすると「頑張る」ことによってしか形勢が逆転できなくなる。碁はそもそも「何もしないことが理想」と思っている私は、こういうところを「損をせずに打てるようになる」ことがスタート地点と思ってる。

実は今日。友人のT君がAのワリウチを打ちました。T君が大ゲイマガカリの定石を知っているわけがないと思った宮崎先生はそこをスルーしようとしました。それで僭越ながらツッコミを入れて、宮崎先生の「ぼくは打ちませんが…」の言質を取ったんですよね^^。

T君はきっと。来週までには隅のオオゲイマがかり定石を覚えてきてくれるはずと思います(^^)。「ネジリによる事故」を期待しない碁打ちになろうと思えば、まず覚えるべきことをしっかり覚える。私はそういう碁打ちになりたいと、思っているのでした。

# 今のところプロの実戦でワリウチを見かけないんだけど、そのうち
# 「チャレンジャー山下」がワリウチで打つ番碁を見せてくれるかもし
# れないという「恐怖」はあります(笑)。

読む手と読まない手

いずれも初級者向けの問題です。

どちらが難しいですか?

右と左、どっちが難しいですか?

私の感覚としては、右側は「見れば答えがわかる」感じ。左の問題はコンマ何秒であっても「読まなくちゃわからない」問題なんですよね。

「聖健先生、この左の問題、ちょっとくらい読みませんか?」と問うてみれば先生は「読みません」。む~ん、やっぱりそうなんだろうなあ。

右の問題について読みがいらないというのは、おそらく放り込みからオイオトシの問題なんてのは数百問も解いているからだと思うんですよね。だから見れば勝手にカタチが浮かんでくる。まあ頭は働いているんだけど、「読む」ように「積極的」に働いているんじゃなくて、なんというか「消極的」に働いている感じ。「受動的」というべきかな。

左の問題は「よくある」というより「考えれば解ける」感じの問題で、とくに問題としての「類型」はないと思うんですよ。だから自分の頭の中にパターン化して入ってない。だからいちいち読んでいかなくちゃいけない。

プロ棋士の場合ってのは石の形が「問題」パターンとしてではなく「囲碁語」のようなイメージで入っているんだと思うんですよ。だから高梨聖健八段は左の問題もまったっく読む必要がない。

ちょっと「違い」を感じた(ように思った)瞬間でした。

全部入り布石 一杯目

全部入り布石 一杯目依田先生の富士通杯準決勝(棋譜でーたべーすで棋譜を見る)にインスパイアされて並べはじめているのが「全部入り布石」(初出記事)。

まず一杯目として並べたのが小林覚先生と常昊九段の碁。2002年の富士通杯です(棋譜でーたべーすで棋譜を見る)。

既に知っている人にとっては「当たり前」の布石なんだろうけど、ミニ中をちょっとしか勉強していない私にとって、左辺の広いヒラキと上辺のミニ中を双方打つ「全部入り」の打ち方は興味深いものなのです(^^)。

改めて小林覚-常昊を並べて「調べなきゃ」と思ったこと。

  1. ミニ中に対するワリウチはかくまで大きい
  2. 遅れて来たカケツギ(左辺・黒13)に対しても、白はとくに「反発」しないで碁が打てる
  3. ミニ中の制限「しそう」にも感じられる隅のトビサガリ(白16)は何度か見たことがある気がするけれど、これは「落ち着いている」のか「相場」なのか
  4. 左上のトビサガリ(白16)を放置して右辺を打つ「ぴったり」した手はないのか。それともカタツキを打たれるまでがある意味「セット」なのか
  5. 黒25に対する白26(右下方面)はあまりに固く、黒からのコスミツケ(黒27)があまりに「ピッタリ」なのではないか

まずはそんなところを理解しなくてはと考えています。

それにしても私。碁のことを本当に知らないんですねえ^^。「おおっ」とか言ってるうちは「調べるぞ~」と盛り上がってとても楽しいんだけど、そういうのがあまりにたくさんあると「これまで何やってたんだろ」とちょっと悲しくなったりもします(苦笑)。

2007年07月12日

怖い顔は依田先生だった?!

t-shirt for world amateur go championship
igo books
え~と、前に掲載した左の世界アマのTシャツに付いてた顔。これどうも依田先生の顔らしいという内部情報をゲット致しました。

右側の本を参考にして描いたものなのかもしれません^^。

いずれの写真もクリックすれば flickr に飛んで拡大写真をご覧頂けます。

※ 『勝負の極意―世界トップとの碁に学ぶ

2007年07月13日

藤沢周平の碁

今日電車で、隣のおじさんがちょっと古い(?)週刊誌を読んでた。

それによると藤沢周平(藤沢周平 on Wikipedia)は碁を打ったそうな。恥ずかしながら盗み読みすると「日本棋院初段の腕前」と書いてあったような(不正確)。

う~ん…。なんとなく藤沢周平くらいのビッグネームにはもうちょっと打って欲しいような…。あるいは藤沢周平の時代の初段はいまよりちょっと強いかな…。

2007年07月14日

「雅号」で思い起こす伝統

旗を立てて碁を打ってみたい!本日の日経新聞夕刊。「芸文余話」(編集委員・木村亮)のタイトル。内容はもちろん高尾本因坊が号を名乗ることに決めたのを受けての話。

結論部を引用。

最近、特に囲碁では韓国、中国勢の台頭などもあって、日本の伝統文化であることが忘れられがち。高尾本因坊の決断は、伝統という言葉を思い起こさせてくれただけでも大いに価値があると言えそうだ。

最初に読んで「何言ってんだよ!」と思いつつ、即振り返って考えてみた。確かに「伝統文化であること」や、その「伝統」に則って先人達が多くの活動をしてきたことは忘れられているのかもしれないなあ。

そういえば昔、小林千寿先生にハンス・ピーチ六段の若い頃の写真を見せて貰ったことがあった。いろんな大会でピーチ先生が国旗を立てて打ってるんですよね。「ああ、ぼくもいつかこんな風に、国旗を立てて碁が打ってみたいなあ」。

小林千寿先生答えて曰く。「ヨーロッパに行けばどんな大会に出てもすぐ旗を立ててくれるわよ」。いつか経験してみたい夢です^^。

# 写真は Flickr にあったもの。本文と直接関係有りません。

ニギリと碁笥とその蓋。

go boards from nihon kiinニギリで始めることになって、石を交換することになったとき。

もう既に碁笥の蓋は開いていますね。そうであってみれば、石を交換する際には「蓋」はそのままで、石の入った碁笥だけ交換すれば良いですね。実際はどうしているのでしょう、、、と、疑問を持ったことはありませんか?

私も碁を始めて1年くらいの時、と~っても不安でした。

それで、ある先生に尋ねたんですよ。どうなんでしょう、と。先生曰く「石をしまって蓋を閉めて、そして蓋ごと交換しますよ」。うん、その方が「日本の碁」っぽいですよね。回答を得て一安心。

ところが本日の囲碁ジャーナルですよ。富士通杯の決勝開始を映していました。対局者は双方韓国人棋士。彼らはニギリで入りを交換することになったとき、蓋はそのまま自分のところに置いて交換していましたね!

韓国では一般的にそうなのか、それともあの二人が特別なのか、はたまた慣れぬ日本の対局場での特殊事例だったのか。

機会が有れば追調査、、、って、難しいかな^^。少なくとも今日見た映像について、どなたかに質問をぶつけてこようかとは思います(^^)。

2007年07月17日

蓋を置きっぱなしで碁笥を交換するとき。

私が一瞬はまった私自身のジジイギャグ。

リアル碁のときなんだけど対局相手が決まって。それで「互先」で、かつ相手が「年上」の場合。「さあ、にぎりましょうか」ってことになって、私が黒を持つのは当然。ただ、にぎりそうになった刹那に「あ、すみません。席が逆でした」と相手の方に伝えて席を替わって頂くのです。

相手の方。棋力はともかく、私の碁界における知識量は認めて下さってます。だから私が「ああっ、席が逆だったっ」と言えば「何らかの理由がある」と思ってくださる^^。

席を替わって後、「とりさん、今席を替わったことにどういう理由があるのですか?」。「誠に申し訳ございませんでした。そちらが上座でございました」。

結構「瞬間芸」としてはウケたネタなんですけどね。あんまり面白くないっすかね(爆)。

んで、本題の碁笥の話ですよ。

先日、李昌鎬と朴永訓の富士通杯決勝。彼らは握った後、蓋をそのままに碁笥だけ交換したという話を書きました。

今日、と、ある棋士とラッキーなことにその件について話をすることができました。

棋士曰く。「日本でもたまにありますかねえ」。え、そうなの? と私が問えば「たまに余裕のないときがあるんですよね~」と。ああ、なるほど。「余裕」の問題もあるんだな。「ただ、そういうのを『マナー』としているのは日本だけなのかもしれませんね…」。相手の棋士も海外事情についてはとくに言及することなく「マナー」を表立って言うのは日本であることが多い、という一般論で言っています。

「そういえば」と、その棋士。マナー談義で私が上のジジーギャグを紹介したお返しに話してくれました。

「上座が白」という対局があって、その際に双方座り間違えてしまったことがあったそうな。それで定められた色(黒白)を逆に数十手手が進んだらしい。私には状況がわかんないけど、大手合かなんかなのかな? それでしばらくして「おかしいんじゃないか」と気付いたらしいんですね。結局その碁はクズして打ち直したって話。

プロ棋士に対してね。「このネタはどうだっ」と、仕込んだ後に勝負をかけにいくと、たいてい逆襲を喰らいますね(笑)。まあ単純にネタで勝つよりも、面白い話を教えて頂いた方が、より、勝った気になったりもするわけですけどね(^^)。

母さん、星に強くなったよ!

気分は「母さん、刑事になったよ!」(参照:「刑事くん」 on Wikipedia)。

今、「囲碁講座」に「星に強くなろう」という練習問題小冊子が付録でついてきていることは前にも書きました。一部、うさぎに食われてしまったけれど。

でね。今回はシリーズ第五弾「三々入り編」。三々入りに関してはね~、『打ち込み読本―即効上達シリーズ〈5〉』を徹底的に潰して自信もある(^^)。んでやってみたらノータイム全問正解でした~(^^)。

いや、まあさ。「囲碁講座」の主対象レベルは、私より若干低いところにあるんだろうとは思うんですよ。でもさ。問題集をやってすらすら全問正解って嬉しいじゃないですか。集中力ない私なのにケアレスミスもなく^^。

ちょっと嬉しくなって自慢してみました<カワイイ(馬鹿)。

棋院関係者はわりと知らない「石倉伝説」。

引っ張ってすまん。この前書いた石倉伝説

棋院関係者何人かに尋ねてみたんだけど、むしろ棋院関係者の方が知らないみたい。今日は宮崎龍太郎先生にふって見たんだけど「いえ~、私はしりませんね」。

でも孔令文先生はね。「へ~、ぼくは知りませんでしたけど、いい話ですね」とちらと感動してた(宮崎龍太郎先生はスルー)。

あ~。棋士とちょっと親しくなって。「あとちょっとでマブダチ」と思ったら、私の理論にしたがって「失礼したらマブダチ」を実戦するのもありです。ありなんですが、どうしても「失礼する勇気がない」とおっしゃる諸兄は「石倉伝説」の話などふってみるのも良いかもしれません^^。

それにしてもなんだ。「ヒカルの碁」ブーム以降に碁を始めた私たちには、「石倉伝説」って結構ファミリアですよねえ?

2007年07月18日

耳赤とはいきませんでした^^

耳赤ならず!なんかこばぴのブログにも気合いの入った記事がありますが^^。

左図もやはり「黒番どこに打ちますか?(A~D)」の問題。こばぴは「C」と回答しましたが、答えはもちろんB。こんな白の厚みのまっただ中で攻められてしまってはたまらない。

Cと回答するのは基本的に「自分の権利」は見えてるけど「義務」の見えない、いわゆる「若者風」の着手(笑)。

でね。答え合わせが終わった後にふと思ったんですよ。

「天元はどうなんだ。なんでこんなところで長考してんだろ。天元打って見たいな~」みたいな(笑)。

側を通った宮崎先生に尋ねてみましたよ。「先生、天元はどうだっ」。Cと打つより模様を盛り上げることになるかもしれず、Aと打つより左辺への狙いがあるかもしれず、Bと打ちたいところだが、しかし遠くから上辺に声援を送る。

「先生っ。これは耳赤ではあるまいかっ?!」。

馬鹿な私が本気かどうかわからない宮崎先生。まあリスクマネジメントの基本として、そういうときはきちんと回答しておくのが正しい。

「そうですね。ちょっと天元が働く碁にはなりにくいと思いますよ」。

げ~ん。まじめに回答されてしまった。先生は「うちの教室のエース(嘘。単に棋力が一応一番高いだけ)は馬鹿なのか?」と思ったのかもしれない。む~。天元に打って相手が混乱してきたときに「直伝フェイクだぜ」とかわしまくるのはあるかと思ったんだけどなあ…<思ったのかよ^^>自分。

教室。ずいぶん馴染んできた気がいたします(当社比^^)。

余計に怪しく見える「囲碁は考える力を向上させる!」

日本棋院リリースの記事で、「囲碁は考える力を向上させる!」と発表されました。

何度か書いてるんだけど、こういう「囲碁は脳に良い!」という議論のもっていきかたは「どーでもいい」感じに思えるんですよね。「囲碁が脳に良い」ならば、「脳に悪い」ないし「脳に良くない」ものを比較して教えてもらいたい。

「読書」はどうですか? 「野球」は? 棋院での人気スポーツのひとつ「ゴルフ」はどうなんでしょう? いずれの場合も「囲碁」とさほど変わらない結果が出るんじゃないのかな。川島教授自体、他で「句作が脳トレ以上に脳を活性化させる!」とか発表されてますしね。

「囲碁は日本の伝統文化のひとつであり、伝統文化に親しみながら頭にも良いという意味があって」とか言うなら、それは既に「頭に良い」云々の話じゃなく、「頭に良い」は「こじつけ」だったり、「単なる流行」っぽい。

日本棋院はこの記事に関して、調査の発表内容としてPDFを公開してるんだけど、このPDF資料もまたお粗末。PDF自体がキタナイのはまあ良いとしても…

日本棋院は「思考力」「短期記憶力」「総合的な作業力」についての検査が行われたと言う。テスト結果を報告するなら、そのそれぞれをまず定義して欲しい。

まあそれぞれについて「トポロジー検査」「即時再生検査」「Digit-Symbol検査」が行われたことが書かれているので、「どういう観点から」テストをしたのかはわかる。但し報告書からわかるのは「観点」だけであって、具体的にどのようなテストを行ったのか不明。

まあ「それぞれの能力を見るための信頼できるテスト手法であるので、専門外の人間にとやかく言われたくない」というならそれも認めてもいい。

ただ、結論を導くのに被験者の前後数値だけを提示して「三ヶ月後に大幅な得点の増加を示した」とされるのはちょっと脱力する。

本研究の結果より、囲碁教室に通う子ども達が3ヶ月間の週1回1時間の囲碁を学ぶことによって認知機能が向上することが確認できた。囲碁教室に通うことによって幅広く前頭前野をはじめとする脳機能がより発達したためと考えることができる。

という解説に到っては「あんぐり」な感じ。もちろん日本棋院にはよりきちんとした情報が上がってきてはいるんでしょう。でもこのPDFだけを提示されたら「棋院もいよいよワヤなんか?」と思えたりもする。

まずさ。

被験者とそれ以外の比較数値が欲しい。相手は小学生ということであり、「テスト」自体に不慣れのケースもあるし、また今回行った3種類のテストについて全く未経験だったことが考えられる。そうであれば一度テストを「経験」することによって「大幅な得点の増加」があるのかもしれない。

また、小学生にとっての「三ヶ月」は、私のようなじじいにとっての「三ヶ月」とは異なり、大いに「脳機能がより発達」する時期だとも考えられる。

すなわち被験者(囲碁教室経験者)のみのデータを挙げられても何の結論も導けない。

また、囲碁教室が1週間すなわち 24*7 = 168 時間の中の1時間のみを占めるものであることも注目に値する。囲碁教室以外の時間はどうしてたのか。囲碁教室を始める前とその後に、囲碁教室時間以外での生活習慣による影響をどう判定してるのか。

囲碁教室時間以外の生活習慣の(プラス方向への)変化は即ち「囲碁教室に通うことによってもたらせた変化なので広い意味で「囲碁教室による効能」と言うこともできるなんていう乱暴な結論もあるかもしれない。しかしそんなこじつけを許せばますます「テスト」自体の意味があやしい。

また、結論データは「有効データ」に基づいて判定されているけれど、「有効データ」と成り得なかった検査対象組の「無効」となった理由は何か。開始時に点数の低かった集合がドロップアウトしたということはないか。あるとすれば「囲碁が頭をよくした」のではなく、「素質のある子に複数回テストを行えば点数が向上した」という、わけのわかんない結論になったりはしないか。

こういう資料を公開すると、どうせ日本棋院は叩かれるわけですよ。「赤字なのに金出して(出してますよね?)、こんな程度の調査やってていいのかよ」とか、「ハヤリモノに乗っかればなんとかなると思ったんだろうけど、こんなレベルの議論かよ?」とか。

レポートとしてもうちょっときちんと読めるものを、できれば綺麗なPDFで出して貰いたいと思うわけです。

2007年07月19日

人生の危機と詰碁。

詰碁教室で。とある高段者がやってきました。「おら、とり。これ解いてみろよ。解けるまで禁酒な」。

出された問題は創作詰碁だったかもしれないので、敬意をしめしてここは類題。2005年7月号の碁ワールド付録「ステップアップ詰碁」に掲載されていた問題です。

この問題。まあ一応「基本詰碁」ですよねえ。一手しか浮かばない。昨日の問題はこれに類似しているんだけど、ちょっとしたナニが必要で、私は迷宮にはまりこんでしまったんですよね。解けた後は「なぜ解けなかったんだろう」と不思議に思うような問題だったんだけど…

私が「うんうん」うなっているときには高段者。「あなたたちは人生に於ける『危機』が少ないんでしょう。だから詰碁なんかも『こんなもん?』と安易に考えたりする」。

む~。まあ確かにそれはあるかもしれんよなあ。「問題」であることは明らかなんだからそのうち解けると思ってた私も、だんだんと時間が迫ってきて焦ってきた^^。教室終わったら飲みに行くことになってるのに、禁酒はまずいぞっ。

と、他にナニするでもなく、その高段者と別の人の対局は眺めたりしたけれど、でも基本的にはずーっと詰碁考えてた(笑)。で、教室終了の数分前にようやっと解けましたとさ(笑)。

「いや~、俺も『人生の危機』だったよな。これできっと強くなったに違いない」(笑)。石倉先生の「毎日詰碁やってますよ」の言葉を聞いてから。一応毎日詰碁やってるんだけど、まだまだ詰碁は苦手なんだなあ^^。精進致します、はい。

2007年07月20日

碁ワールド7月号小冊子からの名言

この前8月号が届いたのになんで7月号やねん、と。そう思いますよね^^?

実は昨日、積み上げた雑誌類を整理していたら未開封の碁ワールド7月号が出てきたのでした(苦笑)。「ごめんね碁ワールド」ってことで、付録小冊子「身近な布石」を丁寧にやってみたのでした。ま、詰碁だと面倒なんですけど、布石だったら気楽にできるからたいていきちんとやってみるんですけどね^^。

で、気に入った言葉。

  • なぜ危ない戦いを挑むのか。蛮勇が身に付くと進歩を止めてしまいます。
  • 五段同士。このレベルになれば、大場より眼形の急所が優先することは百も承知です。
  • 広いのは薄いと考えがちですが、本来は柔軟で包容力があるものなのです。

私を知る人には「またとりの「いつものやつ」が出たよ」なんて思われてしまうかな^^。

「戦いを嫌がっては碁は上達しない」って言葉はよく耳にするんだけど、多くの人が「蛮勇」と「戦い」を混同してるんじゃないかと思うんですよ(当社比)。「やってみたらうまくいくかも」と思うときもないではないけど、ちゃんと上達したら碁に「かも」が介在することはほとんどない。「蛮勇」に頼ることなくきちんと上達していきたい><。

2番目の言葉についてはその昔。「こんなに広いのにもう読まなくちゃいけないのっ?!」なんて質問を高段者にしたことがあります^^。広かろうがなんだろうが、読まなくちゃいけないのは当然。質問当時はそんなこともわかってなかった。

3番目。この言葉が実感としてわかってきたのは最近のこと。まあ怖くてなかなか広げられないんだけど^^。ただ、たとえばチキリなんかで構えることができるようになってきたのも(ちょっと遠いけど)この3番目の言葉に繋がる感触。

え~と、放置していてごめんね>7月号。「なんか一号飛んだ気がするな」とは思っていたんだよなあ。先生が矢代先生ってこともあって「囲碁講座」も購読してて、ちょっとわけわかんなくことがあるんです^^。

2007年07月21日

最近身の回りに出てくる「やめようか」と思う人たち。

初心者教室の、数年来のクラスメートの方。「私ね、囲碁やめようかと思っているんですよ」。

伺ってみれば、ぜんぜん勝てないし、自分でも疑問に感じる変なところばかりを打っていて、対局が全然面白くないんだとか。

へへ。「仲間」じゃないっすか(^^)。私も碁を打ち始めて満四年は過ぎたけど、その中で「対局が面白い」と感じた時期なんてほんのちょっとしかないですよ。何か「しょーもない」ことやって負けたり勝ったり。そして自分の打つような碁はプロの棋譜には「絶対に」出てこない(笑)。

だから私も。教室に通いながら「対局を組まないでくれ」とお願いして、講義だけを聞き、そして後の時間は囲碁の本を読んでたりした時期もありました。

今は、対局自体が楽しくなりつつある変化も感じてるんだけど、ちょっとそれは話が長くなるので略。

「仲間ですね~」という話に続けて、「自分でも変だと思う手を打つ」というのは、「何らかの気付き」が自分の血肉になりつつあるということなんじゃないかという話をしました。「じゃあ不調を感じたら嬉しかったりするの?」とちょっと反発する相手の方。

でもその「反発」は罠にはまってます。何度か不調を経験して、その後の大躍進(当社比(笑))を経験した私。不調になると、その不調がより深いものであることを願うほどに、不調を歓迎しているんですよね。不調の時期には周囲に「これを抜けたら俺、どんだけ強くなるんだろう(当社比)」なんて話をよくしてる^^。

「そうなんですかっ?!」と信用しきれない相手。

私なんかの話じゃ信用できないと思うんだけど。でも「不調を抜けると大躍進がやってきた」という碁打ちの方、結構多いですよねえ。今の私。「やや好調」の時期なんですが、次の不調をまた、楽しみにしているのです(^^)。

なんか最近、周囲に「碁をやめようかと…」って人がちらほら。まあ人が碁をやめることに何の意見も持ちません。でも、もしかして「辛い」ってことなら、あるいは微かな参考になる話かなと思いまして^^。

尚、初級者の頃。私の「不調」を支えてくれたのは『序盤の打ちかた』でした。何度も言ってますけどね^^。

囲碁と将棋とラグビーとサッカー。

今日の囲碁・将棋ジャーナル。それぞれにおける先手番/後手番の決め方を説明していましたね。囲碁はニギリ、将棋は振り駒(普通漢字で表記するのかどうかも知りません^^)。

「囲碁と将棋は違うもんなんですね~」と出演者がそういうニュアンスのことを言ってました。そう、確かにいろんな違いがあるけど、「敵対心」に基づく違いというわけではなさそうですね^^。囲碁と将棋、それぞれのファンには敵対意識を持つ人もいるみたいだけど、それぞれの競技(?)の間に敵対心があるわけじゃあないみたい。

「出自からして敵対的」なものとしてすぐ思い出すのがラグビーとサッカー。ラグビーとサッカーは「フットボール」からそれぞれに発展した競技。双方「我が方式が正当である」と思いつつ分離したので結構「敵対心」があります。

例えばゴールポスト。サッカーはクロスバーの下(ゴールマウス)を通れば得点だけど、ラグビーはバーの上を通れば得点。タッチラインもサッカーはインフィールドだけど、ラグビーはラインを踏めばアウトオブバウンズ。

今日の番組を見ながら、ふとそんなことを思い出しました。

# 「半先」と声にだけ出して石を出さなかった藤沢秀行先生、
# 面白かったですね(^^)。

2007年07月22日

碁ワールドにあった「棋譜並べの効能」

先日、未開封の碁ワールド7月号が出てきたという記事を書きました。

別にそんな必要があるとも思えないんだけど、なんとなく「罪悪感」を感じて、いつもの号より念入りに読んでみたりしてます^^。

最初の方に「東京精密杯・第9期女流プロ最強戦1回戦」の棋譜が掲載されています。大竹名誉碁聖の解説付き。。謝依旻三段と佃亜紀子五段の碁はやや詳細解説。加藤啓子五段-芦田磯子六段の棋譜と青葉かおり四段-鈴木歩四段のはワンポイント解説付き。

そして後の二つには並べる「参考時間」が書いてあるんですよ。前者が30分以内で並べて初段。後者は60分以内に並べて初段。さらに並べる「効能」も書いてる。

最初の加藤啓子五段-芦田磯子六段の碁には効能として


  • 自然と定石・手筋が学べます。

  • 石の形が身につきます。

  • プロの感覚が身につきます。

「効能書き」があるのはいいね~と思いながら、まずは加藤-芦田戦の棋譜並べ完了。「む~、効能書きがどこを指して言ってるのかよくわかんなかったけど、まあ左下かな。勉強になったね」と思って次の青葉-鈴木戦の棋譜並べを開始。

こちらはどういう効能だろうかと見てみると…。先の効能と全く同じことが書いてありました^^。要するに「この棋譜から」得られる効能が書いてあるんではなく、「棋譜並べというものから」得られる効能が書いてあるわけですね^^。

ち~と騙されたような気になってしまいました。

2007年07月23日

『東大教養囲碁講座』

好著でした。別のところにも書いたんだけど、最近「光文社新書」が頑張ってませんか。どうも「新書発刊ブーム」の頃以降に出た新書ってのは眉唾で読む癖がついてるんだけど、なんだかちょっと光文社新書は頑張ってる。

東大での囲碁講座を文書に落としたものなんだけど、その講座は、

全くの初心者を対象とした、成人のために囲碁入門指導法の開発と実践を目的
としてる。

そしてその目的のため、

  1. 「石埋め碁」で囲碁のルールに慣れる。
  2. 「決め打ち碁」で、布石の考え方を身につけ、初心者でもすぐに終局まで打てるようにする。
  3. 「囲碁の心得」の形で、言葉を積極的に使って上達を図る(傍線引用者)。
ということを、授業の特徴としてる。

「石埋め碁」や「決め打ち碁」が何かは本書を参照して頂くとして。3番目の説明を詳解して

中学生以上の人が囲碁を学ぶときには、小学生が学ぶときのように、理屈抜きにひたすら打って試行錯誤で学ぶのではなく、囲碁の基本的な考え方を言葉を通じて学ぶのが、いいのではないかと思います
とある。

「得たりっ」なわけですよ^^。

何度も書いてるけど、私も 40 歳近くになって碁を始めた。だから「囲碁語」はほとんど全て「日本語」に翻訳して碁を打っています(そうでないところに関する「気付き」もあるんだけど、長くなるので略)。だからこそ入門者と打つときに、「呟き碁」を提唱したり、打ちながらのエクスキューズ(言い訳)をきつく咎めたりしてるんですよね。

一般の囲碁教室なんかだと、人それぞれの目標やモチベーション、あるいは理解度なんかもあるので、囲碁を理解する際の「言葉」の援用にも限りがある。だけど大学の「講座」であってみれば、それぞれについて「ほぼ均質である」ということが想定でき、その想定に則って効果的に囲碁学習を進めていくことができる。

東大囲碁講座とは、上に書いたような「背景的目標/前提」に則って、如何に囲碁を学習させるかということが書いてある。そしてこの目標・前提に則った教育法は「大人にとって」最も効率的な指導法だと、私も、考えているのです。

惜しむらくは本書。独学に利用するには「やや大変」なところがあるでしょう。即ち後半、とくに十九路盤の説明部分になると、紙面に結構長い棋譜が提示されるんですね。講座と同様に学ぼうと思えば、そういう棋譜をきちんと並べて学習していかなくちゃならない。

「初心者」に棋譜を並べるのは無理だろうと思う。またちょっとでも碁が打てる人には「わかりきったこと」もある。だから本書のエッセンスをきちんとくみ取りながら、ステップバイステップで本書を「実践」するにはそれなりの「忍耐」が必要になってしまうかもしれない。

また、教室などでの「指導メソッド」に使う場合にも若干の問題がある。それはすなわち日本棋院の教室に於けるような「お客さま相手」の場では使いにくかろうということ。「お客さま」には「打ちたい」人もいれば「勝ちたい」人もいるし、「学びたい」人もいる。とくに「勝ちたい」人を「学習」の方向に向けるのはほとんど無理と思う。

結局「実践」として使える場は非常に狭いかもしれない。でも本書に書かれたような「メソッド」があることを知らしめるのは非常に大事なことと思う。

初心者の大人すら「感性」とか「自由」とばかり言い募る風潮へのカウンターになってくれればなあと思ったりもするわけです。

尚本書、冒頭に著者の一人である兵頭俊夫(東大教授)の書いた、囲碁を学ぶことによる効能が列挙されています。自分が言ってることに似てるからってのもあるんだけど^^、いたずらに「囲碁で頭が良くなる!」とか言い募るより、よっぽど説得力があると思うので、最後にこの部分を引いておきます。

  1. 基本を理解し、錬磨して、工夫することの重要さを学ぶことができる。
  2. 状況を判断して、自分の責任で決断し、実行したことの結果に責任を持つ習慣が付く。
  3. 見ているのに見えていないことがよくあることを、自覚させてくれる。
  4. 欲張ると破綻することを思い知らせてくれる。
  5. 正しい大局観と正しい局所的判断の両立ができるようになる。
  6. 先を読む力がつく。
  7. 考える習慣がつく。
  8. 負ける経験ができる。

P.S. 尚、ブルーバックスの『進化しすぎた脳』あたりを併読すると、また得るものがあると思います(^^)。

2007年07月24日

全国高校囲碁選手権と洗心の間。

Nihon Kiin Entrance
今日から全国高校囲碁選手権が開幕します。昨日の棋院入り口には各地区代表選手達の名札がぎっしり(えと、ちょっと問題ある気もするけど、まあそれはおいときますか)。

各都道府県代表チームが参加して、各チームは3名ずつで、かつ男女チームがあるんですよねえ。すごい人数が棋院に集まることになります(^^)。

で、もう「高校」なんてのははるか遠い思い出、というか、記憶から消えてなくなりそうな昔になりそうな私。「全く関係ない」かと思えばそうでもない。

と、いうのも全国高校囲碁選手権が行われる本日も、通常通り囲碁教室はあるんですよね。普段は二階の教室を使っている今日の講義ですが、大会のため二階は満員。なので。なのでプロ棋士も対局する「洗心の間」が会場になるんです(^~^)。

「プロの打つ場で碁が打てる」という感情的な満足もありますし、もうひとつ物理的な満足もある。それはすなわち「洗心の間」では碁石が「蛤」なんです♪

最初「碁石は蛤が良いとされている」なんてことも知らないうちにガラス碁石を購入した私(碁を始めようかなと思った翌日に買いました^^)。蛤碁石なんて眼にすることすら滅多にない。こういうイベントと教室が重なったときくらいしか蛤碁石を持つことはないのでした。

タイトルが「高校囲碁選手権」で、中身が「高校生諸君頑張れ」じゃないのはどうかと思いますが^^、でも、ありがとう^^>「高校囲碁選手権」。

ちなみに写真。入り口のガラスドアに二段に柄テープが貼ってありますね。おわかりになりますでしょうか。あまり趣味の良いものではありませんが、このテープ、実用目的で貼られているんですよ。

このドア、棋院の一階がリニューアルしたときにできたんですが、当初はテープなし。すると透明度の高い「ニュー・ドア」に激突する人が大発生してしまったんです(笑)。いえ、棋士の方は知りませんが、一般の客で激突する人が多かったんですよね。ひどい時には大出血になっちゃったりして。

最初は「ガラスです、気を付けて下さい」なんていうメッセージが張り出されてたんじゃなかったっけな。そんなメッセージよりは、テープを貼った方が「ちょっと」おしゃれですよね。日本棋院も頑張っているのです(^^)。

洪マルグンセムさんのこと。

今週の週間碁。最終面が「旬の人」という記事で、洪マルグンセムさんが取り上げられていました。

これ、結構良い記事じゃありませんでしたか^^? 洪さんと直接話したことがあったりするから(別に知り合いとかじゃないけど)、思い入れ分、記事も良く見えるのかな? 読まれた方、如何でしたか? 洪さんの囲碁への思いがとてもよく出ているように感じました。

尚、洪さんとの最初の出会いは鳳凰杯(今年も楽しみですね!)のとき。当時の私は洪さんのこと、全く知りませんでした。

で、準々決勝だったかで、洪さんは小林覚九段と対戦したんですよね。洪さんのことなんて全く知らない囲碁初心者な私だったから、対戦後に「小林覚九段なんかと打ったりして凄いですね!」なんて声をかけてしまったわけですよ(苦笑)。もちろん洪さんを知ってる今ならもっと違う話しかけ方があるはずなんですけどね^^。

洪さん、答えて曰く。「覚先生と打つことができたのは僕の栄光です」。どうも韓国にはそういう言い回しがあるようですね。不勉強でそんなこと知らない私は「何言ってんだよっ。光栄だろーが」とツッコミ入れてしまった…。

ま、結局。私が「恥ずかしい奴」だという記事でした。

2007年07月25日

本コウなら問題にしません! ~ 知らない言葉。

本コウなら問題にしません!今更こんなこと言うのも何なんですけどね。

あ、左図の問題は碁ワールド 2005 年7月号付録小冊子「ステップアップ詰碁」からの転載。

ちょっとこれ問題タイトルは誤植なのかもしれないな。「無条件」というのがタイトル。そして問題にはこう書いてある。

本コウにするならわざわざ問題として出すこともありません。

実は問題に続きがあるんだけど、私はここまでしか読まなかった。で、第一感はツケなんだけど、どうもうまくいかないらしい。そして第二感(?)から読んでみたんだけど、どうもコウになる。で、なんか変なコウになる。

わかんないな、と諦めて回答を見たら合ってた。私の回答の「変なコウ」は「一手ヨセコウ」。「え~、問題に「無条件」って書いてあるじゃんと思ったら、先に引用した問題の後に「一手ヨセコウ」と書いてある。

ふ~ん。まあタイトルが誤植なのね。それはそれで良いけれど、面白い。「本コウなら問題にしません」と言って、そして回答が「一手ヨセコウ」というケースがあるんですね。その言い回しが面白い。

まあ。棋譜は馬鹿みたいに並べてるけど、それに比して詰碁経験はあまりに少ない私。詰碁集なんかを見ると、本問のような言い回しが結構あるのかもしれません。「今更こんなことに感心するのもなあ」と反省しつつ、でも「なるほどっ!」な気付き体験でした^^。

棋士の服装規定。

ず~っと前から写真を載せたくて、かろうじて公開を控えている写真があります。それは「棋士の服装に関する心得」。

この心得、棋院内の某所に掲示されていて、もう何年も前からある。通りかかるといつも、取り敢えず写真に納めるんだけど「これはさすがに内部文書ではなかろうか」ということで公開はしてない。これにまつわる面白い話もいくつかあるんですけど、それもちょっと「内部情報」っぽくて書けない。

ただね。

どうしても書きたくなってたまらなくなっちゃった。だからひとつだけ。「棋士の服装に関する心得」で「こういうのはいけないよ」というものの一例。それは

男子の短パン、サンダル、ピアス。

私、ピアスはないけど棋院に行くとき短パン・サンダル…。あうあう。

一時、どこに移動するときも自転車を使っていた時期があったんですよね~。その頃に短パンをはき始めて、なんかすっかりやみつきになっちゃった。

いや、言い訳してもしょうがないね^^。

ねらい打ちで排除勧告されている気分を、、、楽しんでおります(笑)。

尚、服装規定に関しては「俳句と囲碁とさぼてんと」というブログにも記事がありました。服装規定の存在はあまり知られていないのかもしれませんね。棋院の中を探検する機会があれば、探してみてください^^。

2007年07月26日

君は洗心の間を見たか?

そういえばせっかく写真撮ったのに載せてなかった。

a room in whichi pros play their games.

これが数年前、椅子席になった洗心の間。奥の押入の中に、もっと立派な碁笥など、隠してありました(開けてみたのは内緒)。

そう言えば。

プロが打つときはもっと席間、おいているんでしょうね。こんな狭いと私ごときでもたまにイラッときますものね…。今度、情報入手しておきます。

弱~い碁好きの棋譜並べ

「本コウなら問題にしません!」という記事に skypia さんからコメント頂きました(^^)。再掲すると

とりさんの書いてた「棋譜並べ」の話。早く並べて強くなろう、だったかな?
出ていましたね。碁ワールドに。
あれはいつ頃から始まったのでしょうか? なんでまた始めたのでしょうか? 棋譜を早く並べることはホントに有力なのでしょうか? 番号を追うことに終止して、盤面全体を見るなど出来ないのでは?

いただいたコメントをじ~っと見て考えました。棋譜並べって、プロもよくやる勉強法だから「いけない」わけはない。また、「碁ワールド」にも「並べてごらん」って棋譜が載ってる。あるいは「囲碁未来」にすら、並べるための棋譜が掲載されてる。

すなわちここから導くことのできる結論は、「棋譜並べがお勧めの勉強法である」ということ。

だけど。棋譜並べってやらない人も結構いますよね。棋譜並べに疑問を持つ人もいる。専門家たちが「棋譜並べは良い」って言ってるのになぜか。

気付いたんですけどね。たぶん「専門家が言うからこそ」疑問なのかもしれませんね! 専門家や強い人たちは、私の言葉で言えば結構な「囲碁語遣い」。そういう「囲碁語遣い」が棋譜を並べると、総譜を見て盤上に石を置いて行ってるだけなのに、それだけでだいたい棋譜を覚えてしまう。

「はん。どーせてめーら囲碁語が理解できてるから棋譜並べってのが勉強になるんだろうよ。てめーらみたいな棋力だからこそ棋譜並べが勉強になるんだろーよ」。

そんな風にも思ってしまいますよね。しかしこの認識は、驚くべきことに「正しくない」んです(^^)。

skypia さんのコメントを見て「強い人が実践し、私のような弱い奴が憧憬する棋譜並べ」と、それからもうひとつ「私のような弱い奴が実践する棋譜並べ」の2つがあるのではないかと言うことに思い至りました。

棋譜並べにも2種類(内容の違いで形式に違いがあるわけではありませんが)あることを知れば、もっと「棋譜並べ愛好家」が増えるのかもしれない。

すなわち「弱い奴の棋譜並べ」とは…

ブログって、記事が長いと読む気が失せますね。そして「弱い奴の棋譜並べ」を説明するとすっごく長くなる。どうしたもんかな、と考え中です。

弱~い碁好きの棋譜並べ ~ スピード?

先ほど「弱~い碁好きの棋譜並べ」という記事を書きました。ちょっと書きたい内容がたくさん出てきてしまったんだけど、それはちょっとペンディング。

ところで、今回この話が出てきた発端は碁ワールドかと思うんですよね。

how much time do you use to follow igo game record ?

昔からあったかどうか失念したのですが、今、「碁ワールド」には「何分で並べられますか?」のページがあります。

あるいはこれまでにコメント頂いた方は既に認識していらっしゃるのかもしれないんですが、「早く並べろ」は「覚えろ」と同義だと思うと良いのではないでしょうか。「棋譜並べ」という言葉を「棋譜覚え」に定義し直してしまう。

ウワテの方々は、棋譜を「並べること」と「覚えること」がほぼ同義なので、敢えて「覚えろ」の言葉を使ってないんだと思うんですよ。だから「そんな専門家の常識は通用しねえぜ」(by さくらぎはなみち)な、純粋な(いや、まあ正直に言えば「馬鹿な」)私は延々と「いかに素早く番号を発見して、対応する場所に石を置くか」ということを「棋譜並べのスピード」なのだと定義してた。

それはね。むしろ大変なんですよ。視線をあちこちに飛ばさなくちゃいけないし、そもそも数字を探してそれを盤面に投影するのが何の勉強になるのかと疑問を持ってしまう。

「ちゃうちゃうちゃう」(by かもんたつお)。

棋譜並べの速度を問われるときに、問われているのは「番号探し能力」と「再現能力」ではないのだとまず認識する。「何分かかりますか?」の質問を「どれだけ覚えましたか?」の意味だと再定義する。

「何を当たり前のことを言うとるんや?」と思われます? それならば私の「メソッド」は参考にならないと思う。私は意識の中でこの「再定義」を完了したとき、飛躍的に棋譜並べ能力(?)が向上したし、棋譜並べから得られる内容も大いに増加したと思っているのです。

最初に「覚えてしまえばいいじゃない」と言うと「並べるのに時間がかかるなら、覚えてしまえばいいじゃない?」(by まり~・あんとわねっと)のように「非常識」と取られるかもしれない。「んなもん、でけるかいっ。ふざけんな」と思われてしまうかもしれない。

でも実際にね。150手完くらいの棋譜なら、囲碁を始めて2ヶ月くらいの初心者でも覚えられるんですよ(その効果は云々しないことにして)。そういう例をたくさん見てる。しばしば「馬鹿の代表」として登場願ってるこばぴですら覚えられる。

「え? それなら俺にできないわけがない」と思いますよね。そう。できないわけがないんです。できないのは単にやってないからなんです。そりゃ最初の1局はえらく苦労するかもしれません。3局目くらいまで苦労するかな。でもだんだんとらくに覚えられるようになるんですよ。これほんと。

まずともかくは。「棋譜並べ=棋譜覚え」という再定義をしてみてください。それだけでずいぶん変化があると思うんです。

尚、定義を変更した際に、より効果的な記憶方法というのはもちろんあると思うのです。まあこれについては人それぞれなんでしょうけどね。でもそれはまた別の話(by 、、、なんだっけ…)にしたいと思います。

2007年07月27日

棋譜「覚え」の実際

せっかくですから、もうちょっとだけ棋譜「覚え」の話題を引きずります。下の画像は私が棋譜を覚えようとしている途中。画像はクリックすると拡大するんじゃないかな。

棋譜を覚えている最中

私の棋譜覚えの流れ。

  1. MultiGo に棋譜を入力あるいはどこかから入手してきて MultiGo で開く
  2. 一通り最後まで棋譜を見てみる
  3. 気になる着手などがあるので、その点について考える
  4. 考えてわからない部分についてはメモ欄に「わからないので先生に質問」などとメモしておく
  5. 上の作業の後、100 手前後の一段落するところを探して、そこまでを覚える
    (記憶するには MultiGo の Tutor モードを利用)
  6. 一段落部分まで覚えれば、次に最後まで覚える
  7. 記憶を深化させるために、可能な限り多くの動きに注釈を付ける
    (注釈を付ける際には Kombilo の着手データなどを十分に参考にする)
  8. 完全に記憶して、それでもわからない着手があれば、出会う先生に強引に尋ねる

こんな感じ。たぶん「一段落」を探したりするところが、囲碁語を遣う人や、ウワテの人と違うところじゃないかと思います。また、私の初期段階は「記憶のための記憶」です。ウワテの人は最初から「囲碁を理解するため」に並べるんだと思います。私は「全部の着手を覚えて」、しかるのちに「囲碁の理解」がやってきます。

一般に「棋譜並べ」を勧めるウワテの人たちは、最初から「囲碁の理解のための棋譜並べ」ができる人だと思うのです。そしてそういう人の言うことを聞いて棋譜並べを始めると、ウワテの方がおっしゃるような「効果」を感じることができない。だから棋譜並べをやめてしまったり、疑いの目を持ってしまう。

自信を持ちましょう。私たちには「最初から理解のために棋譜を並べることなどできない」のです(笑)。そもそも「囲碁語」を解さないのだから、そういう違いがあることは自明として受け入れましょう。でも手順を替えれば私たちも「棋譜並べ」から多くの成果を得ることができる。

「棋譜並べは碁盤でするものだと聞きましたが」と思うかもしれない。些事です。

  • PC の前にいることが多い
  • 自分で並べる前から碁の流れを追うことができる
  • 碁盤で並べると、50手勧めてから間違いに気付いたときショックが大きい
  • PC で並べていれば、「手順表示モード」にして「カンニング」ができる(笑)
  • 準備/後片付けがいらない(苦笑)
  • 覚えられない譜でも、疑問部分までの図を印刷していけば先生に質問できる

そんな事情があって私は PC による棋譜覚えを実行しています。最近「碁盤に並べても意外に覚えられる」ということに気付きました。でも私にとっては、PCによる棋譜並べの方がラクチンです。

また、公平のために(?)私がすごく恵まれている点も書いておきます。

  • 週に何度も「先生」に会って、強引でもなんでもとにかく質問することができる
  • メールで問い合わせれば親切に応対して頂ける先輩方がいる
  • Kombilo を使っている
  • 覚えた私の感想入り棋譜を送ると、そこでの「気付き」を共有して楽しんでくれる後輩がいる
  • ブログにコメントくださって、私の「気付き体験」を増加/強化させて下さる方がいらっしゃる(^^)

碁を楽しむ「環境」に、本当に恵まれている私だとは思います。「強くなる」ことはプライオリティの高い目的ではないんですが、そういう「環境」への感謝を込めて、もうちょっと強くなりたいものだと考えているのです^^。

囲碁車?

トップページの上の方に Amazon の売れ筋棋書リストを載せてます。

囲碁力―上級編150題 (囲碁新書)

日本棋院 (2007/06)
売り上げランキング: 144806

目に付いたのはこれ。画像もあればぜんぜん問題ないんだけど、テキストだけ見たとき「囲碁カー(車)」と読んでしまった。無意識に見たのでそのままスルーして後しばらく。

「ん? 最近なんか変なタイトルの囲碁本が流行ってるんだろうか?」と、もう一度見てみた。やっぱり「囲碁カー」。

今度は意識的に見たのでスルーできません。他のことを考えようと思いながら「でもいったいどういう内容の本なんだろうな…」。

  • 車で各地を回って囲碁関連アイテムを集めていくゲームブック
  • 車の速度で問題を解いていって、死活などを「反射」で解けるようにする本
  • 本当に囲碁の車に関する本

ちなみに「囲碁の車」ってのはこんなの。

igo-shogi(japanese chess) car parking in front of nihon kiin

でもたぶんいくらなんでもそんな囲碁本は出ない。情けないことに5秒くらい考えてしまいました。それでようやく「ああ、『囲碁力』なのか」と。

本書、棋院でちらと立ち読みしました。でも普通の詰碁本みたいな印象でしたよねえ? 囲碁で「右脳」だの「左脳」だの言われるのがあまり好きじゃない私。あまり熱心には見なかったんですけどね。それもあって『囲碁力』と読むことを脳が拒否したのかもしれません(笑)。

2007年07月29日

ウワテと打つときに普通に受けられてショックを受ける自分への慰め。

いつも拝読している「碁盤を囲んで」というブログの記事

『強い人はここが違う 利き筋発見法』なんていう本があったっけ。
ということが書いてあった。

前々から「利き筋」を丁寧に説明した本が欲しいなと言ってる私。不勉強にして知らなかった。ずっとそう言ってる私に「碁盤を囲んで」の中の人が教えてくれなかったのは多分意地悪(いや、そんなことないですよね^^)。

かるくチェックしてみると『碁敵に勝つ秘訣〈4〉強くなる人はここが違う―利き筋発見法』という本。アマゾンのページにあるレビューでも「数少ない『利き筋関連本』」というレビューが載ってた。

む~。今度棋院でチェックしておきますです。

ところでタイトルの件。ウワテと打って知らぬ利き筋を利かされて驚くってのが「碁盤を囲んで」の記事の趣旨。それ、とてもよくありますよね。相手の着手をよーく読んで、利いてるのが読めた自分を褒めてあげたい気持ちもあるんだけど、でも「そこが利いてるようならもう碁は終わりだろう」みたいな(苦笑)。

あと、ウワテと打つとき、相手に「普通のウケ」を打たれてびっくりすることがあります。それはたぶん。普段の自分より「形/読み」バランスが「読み」の方に傾いてるから(自分なりに一所懸命なわけですよ)。だから普段なら「こう打てばこう返される」という「形」からの判断力が著しく衰えてしまっているらしい。

「まあさ。俺もウワテと打つってことで一所懸命読んでるんだね。かわいいもんじゃないか」なんて慰めてるんですよね^^。

山田拓自七段@鳳凰杯

え~。今日はやはり鳳凰杯の1回戦/2回戦でした。

出場プロ棋士はM・レドモンド九段(彼が対局しているところを初めて見ました)、山田拓自七段、但馬慎吾二段、北野亮七段、結城聡九段、園田泰隆九段、小西和子八段。アマ名人の洪マルグンセムさんも出場。

レドモンド九段、山田拓自七段、結城聡九段、小西和子八段、洪マルグンセムさんは明日の3回戦に進みました。後の棋士もたぶん進んだんじゃないかと思うけど未確認^^。

と、いうのもね。私(と、とある友人)は、山田拓自七段を結構応援してるんですよ。だから山田拓自七段の対局が終わったら速攻で会場外でメールのやりとり。

頑張れ、山田拓自!

これが、やりとりしたメール…^^。

む~ん。「僕のたくちゃん」か(笑)。ならばと思いを秘めて会場に戻る。案の定、山田拓自七段は対局後でほっと一息入れているところ。「山田先生、応援してる友人がいて、先生が勝ち進んだことをメールしたらこんな返事がきました」。

阿呆かと思われたことでしょうねえ(笑)。

「この相手の方は私の直接の知り合いの方でしょうか?」と山田先生。「いえ、単に応援してるだけのおっちゃんです」と私。「そうなんですか。でもこういう風に応援して下さる方がいるというのは嬉しいです。励みになりますっ」と姿勢を正しておっしゃる山田拓自七段。

むぅ。プロ棋士ってのは大変なお仕事でございますね^^。

# でも山田先生。応援しているのは本当です(^^)。

閑話休題。

「え~と、誰だったっけな。あの綺麗な女の子。確か知り合いのような気がするんだが」。そう思ってちらちら見ていた女性は王立誠先生のお嬢様でした^^。知り合いじゃあなかった。あぶなかったな。話しかけちゃうところだった。

「こちらの女性は絶対知り合いだな。なんか前に会ったときよりキレイになった気がするな」と思えば小西和子八段でした。小西和子八段ともお話ししたことはなかったはず。超危なかった…。

2007年07月31日

第8回鳳凰杯トーナメント 2日目

下のトーナメント表のような進行です(写真はクリックすれば大きく、というか flickr に飛びます)。

igo - phoenix cup tournament

「我らが」山田拓自七段は勝ち。小西和子八段はここまで圧倒的な力を見せて勝ち上がっています。レドモンド九段とホンさんの碁は人だかりで見るのを断念。結城聡九段は「本命」の感じですね。

いよいよ明日、準決勝・決勝及び三位決定戦が行われます。

で。

山田拓自七段の碁を見て喫煙所でほっとしていたところ。ガラスの向こうを宮崎龍太郎先生が通りかかりました。声を出しても聞こえなさそうなので懸命に手を振る私(ちょっとカワイイ(笑))。宮崎先生、次の仕事が押していて大急ぎだったにもかかわらず、無理矢理気付かされてちょっと話をさせられることになってしまいましたとさ。連日言いますがプロ棋士は大変でございますねえ…。

尚、どういう販路を取るのか知りませんが、宮崎先生と稲葉さんの囲碁講座を収録したビデオが出る/出たそうです。喫煙所のモニタではずっとこのビデオが流れているんですが、なかなか面白いビデオでしたよ。おそらく私よりちょっと下くらいの人向けなのかなという感じ。

詳細、宮崎先生にまた伺っておきます。と、あ、そうそう。個人的なことですが、取り敢えず来月一ヶ月は宮崎先生のクラスに通うこととしました。来月はわからない、と伝えていた人にご報告まで。

第8回鳳凰杯トーナメント結果

代々木ユーキャンビルで行われておりました第8回鳳凰杯、下の写真のような結果となりました。順位は右から左。

igo tournament awarding ceremony

igo phoenix cup tournament 3rd place plate結局2日目からは山田拓自七段を追っかけていましたので、決勝の碁もほとんど見てません^^。準決勝で山田先生が負けるや、「こりゃ三位だな」と、置いてあった3位のプレートを速攻で撮影しておきました(笑)。

3位決定戦は山田拓自七段と小西和子八段の碁だったんですが、序盤早々右上の折衝(機会があれば図を掲載しますが…)で山田七段がポイントゲット。左辺より、一瞬シノギ勝負になるかと思われたところもあっさり凌いで始終山田七段がリードして、ヨセの最中での投了となりました。

尚、準優勝のレドモンド先生はこの代々木ユーキャンビルで教室を持っているそうな。昨日も教室があったらしいんだけど、大会出場のため宮崎龍太郎六段の代講。それを受けての生徒の発言がなかなかよかったな。

「レドモンド先生この前も手合いってことで代講だったわよね。でも先生がそうやって手合いをガンバっていてくれるのは生徒としても嬉しいわよね」。

知らないおばさまでしたが握手しそうになりました(笑)。今日帰りにレドモンド先生とすれ違ったので、その生徒の発言を僭越ながら伝えさせて頂きました(^^)。レドモンド先生も「そんな風に言って頂ければ嬉しいです」と。

えと。たぶんレドモンド先生も私がレドモンド先生の碁を全く見てなかったことをご存じだったので、それ以上は何も言わず早々に別れましたとさ^^。

レドモンド先生のボヤキは面白かったんですけどね。「どうするんですか」「わからないよっ」「そうか。そっか。そうか~」等。英語でぼやいた方が勝ちやすいかもしれませんよ(ボソリ)>レドモンド先生(笑)。

日本棋院の嫌いなニュースリリース

日本棋院から

日本棋院は2007年8月から公式対局サイト「幽玄の間」でアマチュアのインターネット大会「第1回大和証券杯ネット囲碁アマチュア選手権」(主催・日本棋院、特別協賛・大和証券グループ)を開催することを決定した。
というニュースリリースがありました。

内容については前から噂されていたリリース。アマチュアとしてもこういう大会は非常に興味深く、ニュース自体はとても嬉しい。

但し、

大会は高段者による無差別級「覇王戦」と二桁級から六段まで24クラスに分かれての「クラス別最強戦」で行われる。高段者ばかりでなく20級以下の級位者にも各クラスで優勝のチャンスがあるのが本大会の大きな特徴。
と、特徴を記すのは良いけれど、どのようなクラス分けなのか、どういう基準でクラス分けをするのかの詳細がない。

文末に「プレスリリース(PDF)はこちら」とあるのでPDFを見てみると、これはまさに「プレスリリース」であって、一般ファン向けの文書でない。一般ファンが知りたい詳細については「大会の詳細につきましては8月上旬に日本棋院ホームページ/大和証券ホームページにてご案内いたします(予定)」と書いてあるだけ。

じゃあウェブに掲載してる一般向けのリリースにも「詳細は8月上旬に掲載します」とか書けばいいじゃない。詳細情報を載せず「PDFはこちら」というようなものがあれば、見てしまう人も結構多いね。で、見ても何ら詳細情報がなく、「単なるプレスリリースだった」と気付く仕組み。

なんか一時期の「姑息にページビューを稼ぐ」みたいな感じに思えて不愉快にすら思えてしまう。誰のためにこんな意地悪をしてるんだろ(笑)。せっかく情報の閲覧性が高くなったんだから、もっと親切な(2.0風な(笑)?)リリースをしてもらいたいのです。

ティーザー広告ってわけでもなく(ち、違うよねっ?!)、なんだか単なる情報の不備に思えてしまったリリースでした。

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