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2007年05月 アーカイブ

2007年05月01日

まっきーに勝ったT君

書こうと思ってたのに忘れてた。

以前、月曜日の教室に通っていたT君。私との九子を完全に卒業して今は七子チャレンジ中。ってなわけで、火曜日の教室に移りました(都合がつけば月曜日の教室にも通うとのこと)。

その彼が、先日巻幡多栄子三段と九子を打って、見事勝利を収めました(^^)。

面白かったのは打ち終えた巻幡先生。近くで見ていた私をじっと見る。「う~ん、十分強いですね。どういう人に碁を教わるかですが…」とか言いながら私の顔をじっと見る。T君は微妙な空気に戸惑いつつ「えと、いつもとりさんに…」と口ごもる。

実は巻幡三段。N埜さんも九子で勝ったことがあるんですよね。で、私がやはり九子でN埜さんに勝つ碁を見て不信感を抱いたみたい^^。「とりさん、その打ち方は…」と。ほんとはね。私、その日の対局、すごく調子が悪くて、ひどい失敗をしたから頑張ったわけですよ。でも巻幡先生は「てめー、いつもそんなことしてんのかよ!」と言いたくなった様子。

そういう背景があって「とりっ、てめ、T君にも九子で勝ってたりするんじゃあるまいな?!」という問いかけの表情だったわけですね^^。

伝えましたよ。「いや、T君は私に九子で完勝して、今は七子か六子の手合のはずです」。「ああ、そうですよね」とおっしゃる巻幡先生。この「そうですよね」はT君に向けて言ったというよりも、むしろ私に「よかった。T君にまで九子で勝ってるようならあなたを人非人と定義するところでしたよ」ってな具合^^。

まあ何はともあれ。プロの先生に指導碁とは言え九子で勝つのはひとつの区切りですよね。おめでとございました>T君。あと1、2局、どなたか先生に九子で打って貰えるといいね(^^)。今の調子ならしっかり勝って次のステップに進めるんじゃないですかね。

何なら今度、誰か有料の先生の指導碁を受けに言ってみましょうか(^^)?

目算とヨセ

上手の方が作る前に勝敗がわかるのが羨ましく、結構早い時期から目算する癖をつけました。生碁を打つときの目算能力には結構自信を持っている私。

で、教室で四子のシタテの方と打ったんですけどね。

序盤、私が「自分の打った石を忘れる」大チョンボをやったんですよ。これ、私、よくやるんですよねえ。で、必死の勝負手を繰り出して、なんとか「碁」にしたんですけど、やっぱり失敗が響いて相手の方に残りそうな気配。

中ヨセ(ってのは一般用語じゃありませんが…)に入って、相手の方が先手のとき。相手の方は「ちょっと悪いんだろう」と、ちょっと無理をするんですよね。こちらとしては相手に先手寄せをいくつか打たれたら負けだなと数えて打ってる。

結局相手の方が「頑張った手」で後手を引いて白が寄せまくり、終わってみれば 10 目差で白。

まあいろんな教室を見てみると、相手の方も「初段」くらいは名乗りそうなわけですよ。で、「目算をしながら打っていますか?」と問えば「いえぜんぜん」と。「目算をしていれば、あそこの先手寄せに回れば勝ちだということがわかったはずなんですけどね」と言えば「ああ、そんな考え方があるんですか!」と。

そうなんですよね…。

「目算」をすると、結構(先手)ヨセに敏感になるようになると思うんです。コヨセで「ハネかな、サガリかな」と悩むとき、目算に基づく先手寄せに対する「気付き」があれば「サガリで先手、それから…」と考えられるようになる。そういう考えが癖になると、いつの間にかヨセは強くなっていく。

「どうせ作ってみたら勝敗はわかるんだから、目算なんて無駄じゃね?」と思ったこともありました。でも強い人のほとんどが目算しながら打っているわけで、決して無駄じゃあないですよね(^^)。

あとね。

指導碁なんか打って貰ってるとき。「ああ、そこに回られると逆転ですから、ここまでですね」なんて言って投げるも、ちょっと格好良いんじゃないかと思う私なのです^^。

2007年05月02日

自分を笑ってしまう二子局。

笑ってしまう。たとえば二子局。

初手小目に黒が星と打てばシマリを打つのが高梨聖健八段に教わった二子局。彼がいつもそう打つのかどうかは知らないけれど、私はいつもこう打つ。

で、黒は四手目でいきなりの詰め。これが悪い手であることは明らかなんだけど、二子というハンデを負っている中、冷静に考えると咎めるのが難しい。

「開かせるわけにはいきませんからね」と私。「しかしこう挟むと相手からの反発も結構読まなくちゃならなくて、果たして得をするのか不安になります」。

そういう私に矢代先生の解説は明確だった。「えーと。一間かどうかはわかりませんけれど、まあハサミは普通ですね」。

大笑いすることに、相手に詰められた瞬間、私の頭の中から一間以外のハサミは完璧に消えていました。GWだからと前日明け方まで本を読み、気付いてみれば5月1日が平日で仕事に追われたなんてのは言い訳。普通の人なら、ここで一間のハサミしか思い浮かばないなんてことは絶対にないはず。

私の碁にはこういうところがあります。なんか広い意味で言うと「教条主義的」というのかな。

相手の詰めが、四手目でなければ私も広いハサミを脳裏に描いたことと思います。また、相手がいっぱいの詰めでなくても当然に広いハサミを選んだはず。だけど相手がいっぱいに詰めてきて「ならば一杯に反発してやる」と読み始め、その読みに自信が持てなくても「そんな相場」と自ら諦めてしまう。

こういうところがなくなれば、私ももうちょっとは強くなると思うんですけどね^^。碁を鑑賞することばかりが好きで、打つことを好まない欠点とも言えるかと思います。

ネット碁のランクがカライと思う前に。

ある方が「ネット碁始めました」とおっしゃいます。そして「ネットのレートってカライんですねえ」と。

そういう風に感じている方は多いみたい。ただ、私の経験からすると、ネット碁は「カライ」というよりも、より「癖のある場所」と認識するべきかとも思うのです。

ネット碁で勝てないとき。そういうときは

・相手の一間めちゃくちゃな打ち筋に惑わされていないか
・碁盤が小さいせいで、なんだか手がよく見えるような気がして、何でも
 勝負に行ってしまっていないか
・集中力を欠いた手が多く、投げやりになっていないか
・ネットはカライということで、最初から「やられる」意識になっていないか
・ネット碁にありがちな「なんでもヤル」手に悪影響を受けていないか

そんなことを考えてみても良いのかもしれません。

私の場合。打つのが好きでないことに加え、さらに集中力に欠けやすいという欠点を持ってます^^。そういう欠点がネット碁ではより増幅される傾向にあります。

ちょっとタチが悪いんだけど、そんなとき

・いくらいい加減に打っても負けることのないランクを認識する
・持碁狙いなどで集中力を切らさないようにする
・序盤に苦手な布石を打って、やはり集中力を切らさないようにする

なんていう方法で「ネット碁に慣れる」のもありかな。

もちろん、たとえば日本棋院二階対局場での旧ランク初段だと、私に九子の人がいらしたりしました。それは確かに「初段」というランクがちょっとおかしい。他にもそういうインフレレートでやってるところもあるでしょうから、そういう人の場合はネットと生碁のランク差が10ランクあっても不思議じゃない。

でも、個人的な認識ではありますが、プロに言われる自分のランクと、ネット上でのランクには、さほど大きな差はないかと思います。きちんと集中して、清く正しく(笑)打つならば、せいぜいランク差は1、2ランク程度じゃないかとも思うのです。

それ以上の差がある場合。ある程度の棋力になるまでは

・上手に打って貰う碁は精進の場
・シタテと打つのは、上手に教わったことを実証する場
・ヘボ同士で打つ碁は遊び場
・ネット碁はゲームの場

なんて感じで、意識を切り換えてしまうのも良いのかもしれません。

ほぼノータイムで打つこと。

碁を打つとき、「対局時計」を使うことがあります。大会ではほぼ必須。私くらいの弱いレベルでは、たいてい 40 分切れ負けの時間がセットされます。日本棋院の教室でも、生徒同士の対局に時計を採用しているクラスが結構あるみたい。

時計を導入すると、相手の無駄な「悩み時間」をなくしてくれるメリットもありますが、それ以上に自分の「長考」がやりやすくなりますね。時計がなければ2分の長考というのは相当相手を苛つかせる(ちなみに麻雀では20秒長考すれば、次から仲間に入れてもらいにくくなる^^)。でも時計があれば、どこで時間を使おうが自分の「権利」になるんですよね。

ただ、私の場合、初級者の頃の私を知る人には考えられないことかもしれませんが、たいていノータイムで着手してしまいます。これは「棋譜並べ」の効用もあるのかな。先日の大会では九子局白番で10分くらいしか使ってなかった。

でもね。

シタテの方を相手にするとき。ほぼ全てを「ノータイム」で打つのは、あまり良いことではなさそうですね…。「時間内で長考するのは権利ですからお気になさらず」と言っていても、こちらがすべてノータイムだとやはりシタテは緊張してしまうことが多いみたい。ただでさえ実力を発揮できないシタテを、時間でも追いつめているようでアジワルだな~。

かといって。

「ならプレッシャーを与えないようにこちらも時間を使おう」なんてことを考えると、ペースが乱れてあっという間に負けにしたりもするんですよね^^。

明光商会の狛犬(右) ~ 日本棋院となかまたち

shrine dog right.
【 狛犬 阿形 from flickr 】
前の記事に名前の出た明光商会。頂いたコメントに「狛犬」の話がありました。

ここの狛犬。何度か写真に撮ろうとしたんだけど、どうも夜はうまく写真が撮れません。昼間はここを通らないので写真が撮れません(;_;)。

きちんと「阿吽」の並んだ形で撮ろうと思ったんだけどなあ。

# もしかして狛犬を撮すのが「おそれおおい」ことなのかも^^
# そのうちに昼間の撮影にチャレンジします^^

2007年05月03日

大和証券杯優勝予想

過日、決勝大盤解説会に行ってきた大和証券杯。「大和証券杯ネット囲碁レディース」という大会も設けられ、いよいよ決勝トーナメントが始まります。

日本棋院も「優勝予想クイズ」をやってます。

私は矢代先生に投票。一回戦が加藤先生だというのがキツイ感じなよなあ。いや、「負けるんじゃなかろうか」という意味じゃなくて、優勝候補同士があたってしまったなあと。

ちなみに日本棋院。投票をリアルタイム表示しています。「ちょっとだけ」IT度合いが進歩したのかもしれませんね^^。

大和証券杯優勝予想

2007年05月04日

古碁があまり好きでないひとつの理由。

秀和と若かりし頃の秀甫の碁を覚えてみました(棋譜)。

この碁を並べて、古碁があまり好きでない理由のひとつに思い当たりました。それはすなわちコミがないこと。

以前大手合を集中的に並べたことがあって(白番の打ち方を研究しようかななんて思った)、その時にも思ったんだけど、やはり白のガンバリが目立つんですよね。まあプロの碁だから「ガンバリ」の中に「すげー」と感心する「読み」が入っていることが普通。その「読み」に感心することも多いんだけど、コミ碁になれた感覚からすると「なんでそこまでやらなあかんねんっ!」と思ってしまうことも多い。

今回並べた碁も秀和が序盤からがんがんに仕掛けるんですよね。結果は持碁だから奏効している部分もあるわけなんだけど、「得してねえじゃんよ、それ」みたいなシーンもあったり(もちろんそう簡単に奏効するわけはない)。

現在は「互先」と言えば六目半のコミがあります。コミなしで打つとき、それは「ハンディキャップ」なわけで、白もさほどムキになる必要もない。そもそも相手にハンディを与えているんだから、白が負けたって構わない。また、段位で手合を変えて打つわけじゃないから、「公式」な手合は「常に」互先。

昔は「先」とか「先相先」とかが「公式」な手合だった感じだから、コミがなくてもきちんと結果を残さなくちゃいけない。そういう意味で白に無理をさせる時代だった感じ。

一時、坂田先生の碁を並べて大嫌いになったことは何度か書きました。この秀和の碁を並べていて思ったんですが、坂田先生は(相対的に)「昔に近い」棋士だったのかもしれないな、と。

もちろん昔の碁には味わうべきところもたくさんあって、大好きな棋譜も多くあります。でもそういえば、持碁になったりする碁には、好きな棋譜があまりないような気がします(^^)。

2007年05月07日

日本棋院ウェブリニューアル雑感

日本棋院のウェブがリニューアルされました。

故きを温めて新しきを忌避してきた日本棋院ウェブですが、RSSにも一部対応して、「ちょっと」前向きの姿勢が見えますね! 個人的に一番インパクトがあったのは棋士情報のページ。これまでは執念のある人しか見る気がおきない情報構造だったけど、今回のはずいぶん見やすいでしょう。リニューアルが「ここだけ」だったらもっと感心してたかも(苦笑)。

RSS 対応はきっと今回の目玉。但し、ざっと見たところでは情報自体の構造化がきちんと見直されておらず、現状 RSS 対応もちょっと「やってみました感」がありますね。但しきっと日本棋院内部でも RSS リーダによる情報閲覧が主流になるはずですから、そんな中、情報自体の構造化も進んでいくものと思われます。

尚、どんどん中に入っていくとまだオールドファッションのページが多くあります。これらはせっかくですから新フォーマットで扱えるようにきちんと整理して、しかる後にきちんと統合リニューアルして欲しいですね。「古い情報なんてどうせそのうち誰もみなくなる」とは考えて欲しくない^^。

ところで。ざっと表面を見て最も気に入らないことも書いておきましょう。これは前からそうだったと思うんだけど、トップのタイトル。「囲碁のポータルサイト 日本棋院」。

これ、フレーズとしてもおかしいし、気持ち悪いっしょ。「日本棋院」という組織が「ポータル」なのかどうか疑問だし、また日本棋院のサイトも「ポータル」であることを意識してデザインされているのかどうか大いに疑問。大昔に流行した「ポータル」という用語を無反省に使ってしまっている気がしますね。

取り敢ず。「衣」ができてきたので、内容にも大いに期待しちゃいますよ(笑)。いや、笑うところかどうか、びみょーなところなんだけどね^^。

級位者の頃を覚えていますか?

一般的なプロの返答:
う~ん、気付いたらだいたい五段くらいで打っていました。

優しいプロの返答:
え~と、あったには違いないんですけどね。

ちょっととぼけたプロの返答:
それはプロになってからですか?

# プロに級位はないはずなんですが…

2007年05月12日

日本棋院「情報会員」の愉快な行く末

情報会員
何度か書いたことがあるはずなんですが、日本棋院には「情報会員」というのがあります(参考)。ここ、一昔前で考えると、棋譜の検索ができたり、種々のニュースを入手したりするのに「それなり」の場でした。

ただ、現在では「情報会員ならでは」のサービスというものがほとんどなくなってしまい、日本棋院自らも扱いに困り、情報会員向けのページでは「ネット対局会員」との統合を言ってみたりしてました。

かと思えば「週刊碁会員」発足時の広告からは一切「情報会員」の名前が排除され、この時点では「自然消滅」を狙っていたのかもしれません。

昨年11月くらいだったかな。「対局会員との統合という話はどうなったの?」と問えば「年度内には何もありません」の回答。てっきり「年内は」の間違いかと思ってたら、本当に年度内は何の動きもそしてアナウンスもなし^^。

まあそうなれば普通「自然消滅路線」が既定路線かなとも思うところ。そして今回の日本棋院ウェブリニューアルを迎えたんですが、「情報会員」を依然として募集していますね。

え~、その態度に対しては、「日本棋院応援倶楽部」を名乗る私もさすがに笑ってしまいます。

コストパフォーマンスに見合わないことを笑ってるんじゃありませんよ。見合わないと思えば退会すれば良いだけの話。会員に向けて餌をまいておいて、その餌のことを「みんなにはやく忘れてもらいたい」と思っているかのような対応に笑ってしまうわけです。

「情報会員」の「概要」を考えてみました。

現在のネットワーク上における情報量を考えれば、ほとんど何のサービスもできていないサービスです。

年間 18,900円の会費は、個人向けの会員サービスとしては3番目に高額な会員制度(注:ネット対局会員を除く)ですが、囲碁雑誌や囲碁手帖、囲碁カレンダーの送付といった付加サービスもありません。

コストパフォーマンスを求める方は、ぜひ普通会員1(年間10,500円で「碁ワールド」を1年間お送りします)や普通会員2(年間7,500円で「囲碁未来」を1年間お送りします)、ないし「週刊碁会員」(年間13,500円で週刊碁を50週分お送りします)をお考えください。

ますます発展する「IT」文化の中、将来への夢と希望に賛同してくれる方の会員登録をお待ちしております。但し「夢と希望」に関する質問については、誠実にお答えするとは限りません。

2007年05月15日

高梨聖健八段の主張。

聖健先生の主張.jpg左の問題。問題で出てくれば「詰碁」ってのを解いたことのある人なら間違えるわけがないほどの問題。

但し8の四に出れば間違いないのは明らかなんだけど、他の手がないかとか、そういう確認作業はしますよね。「アテが正解」は瞬時に解るんだけど、確認に多少時間がかかる。

なので高梨聖健八段に尋ねてみました。

「先生。私はこの問題を解くのに 0.5 秒ほど読みを入れてしまうんですが、先生くらいになると全く読みませんか?」。

聖健先生の回答は「いえ、やはり読みますよ」。おお! そうなのか。やっぱ一応確認はするんだな。満足げに頷く私を見て、高梨聖健八段は不満を感じたみたい(笑)。「あ、え~と、でもぼくは 0.05 秒ですけどね」。

く。せんせぇ、そんなわざわざ 0.45 秒のことを話題にしなくてもいいじゃない(笑)。

聖健八段はわりにそういう「ぷりてぃ」なところがあります^^。たとえば聖健先生はプロ棋士の中でもかなりの勉強家(だと思う)。一時、授業の前に私がいつも覚えた棋譜を並べてることがあって、すると必ず「これはいついつだれそれの碁ですよね」と言ってくる。「おお、先生は棋譜をたくさん覚えてるんですね」と言えば「とりさん、棋譜カルトQしますか?」。

いや、だから競うつもりはねえんだっつーの^^。それに「カルトQ」とかもう通じねえんじゃねえかと。

あるいはいつだかの授業中。「この黒はもう取られてますね」と聖健八段。私が「え~と、黒コスミだとどうなりますか」と確認の意味で尋ねたわけですよ。それに対する聖健八段がまた「プリティ」。

「とりさん、やりますか。ぼく、強いですよ」。

いや、だからぜんぜん競うつもりはねえんだっつーの(大笑)。

月曜日の教室ね。孔令文六段と高梨聖健八段が交代で見てくれているんですよ。で、全く個人的な自分勝手な分類をすると、孔令文六段は全部カマシてる(笑)。そして高梨聖健八段は隠し味でカマシてくれる。そういう二人の先生が大好きです^^。

ヒラキを数えたことはありますか?

二間とか三間を数えますか?左は先日日本棋院のネット対局場で中継された矢代先生と新海五段の序盤。

この碁とは直接関係ないんだけど。

みなさん、ヒラキとかハサミを打つとき、路数を数えたことはありますか^^? 私、最近ますます老いてしまったということなのか、しばしば路数を数えてしまうんですよ。「ふむ、こういう場面では二間だよな」とか「ここはちょっと三間を試してみよう」なんて思って、それから碁盤を見て「いち、にぃ、さん」と路数を数えて着手する。

これ。絶対にいけないことだと思うんですよ。なんとなれば碁というのは碁盤上に展開される石の形を見て打つわけですよね。自分の石がどこにあるのが「形」なのかを判断して、その「形」になるところに着手する。「いち、にぃ」とか数えるのは、そういう「盤面の表現」が理解できていない証拠。

まあ私には私なりの言い分があるけれど…。

私の言い分なんか面白くないので、プロに尋ねてみましたよ。昨日尋ねたのでやっぱり相手は高梨聖健八段。「先生、二間ないし三間に打つとき、碁盤を見てイチニイサンと数えたことありますか?」。やっぱり聖健先生。そんな質問の意図がわからないらしい^^。「いえ、ぼくは数えたことありませんけれども…」と不思議そう。

そりゃそうだわな。私が自分で考えても「阿呆」なことなんだから、本職がやるわけがない^^。でもね。こういう「ふと疑問に思ったこと」を先生に尋ねることができるのは結構幸せです(^^)。

2007年05月17日

ゴチャる碁は嫌い!

ごちゃごちゃやんけ^^え~、左図。

見る人が見ればすぐにわかるらしい有名な碁だそうです。「日本棋院-棋正社 勝ち抜き戦」の第一局で、本因坊秀哉と雁金準一の碁(棋譜)。で、来週の火曜日教室で扱う教材でもあるんですよね…。

こういう碁。

好きな人は好きなんでしょうか。私は大嫌い。『囲碁百名局〈上巻〉』でも取り上げられているんですが、中盤を説明したところの小見出しは「すべては勢い」。

まさにその通りだと思うんですよ。で、そういう「勢い」の碁が大嫌いなんですよね。

むろん途中に何度も打掛を挟む碁なわけで、深い読みが入ってるのはわかる。碁は結局「形」だなんだと言っても「読み」なくして打つことなんてできないものだということもわかる。でもね。こういう碁になっちゃうともう留まりようがないじゃないですか。もう「方針」とか「戦略」なんてことが表現できなくなってしまうように思う。

言い訳になるけど「趣味」で碁をやってる私のようなものにとって、プロのように「全てを読み切った」、「双方最善を尽くした」碁なんて打てないわけですよ。すなわちこういう「勢い」の碁になると「部分をどちらが比較的正しく読むのか」ということでゲームが決まってしまう。そういうのは楽しくないんですよねえ。

ふむと思って火曜日の教室、6月の予定を見直してみた。順に秀格・栄寿・剣正・治勲と扱うらしい。火曜日の教室の棋譜を選ぶ人は、結構「ごりごり」な碁が好きな人みたい。だから加藤先生(剣正)の碁もたぶん「ぶっつぶす」碁が選択されるんだろうなあ。栄寿先生は、もともと私が「最も棋譜を並べたくない棋士」の代表だし…。

そんなわけで。

6月はいつもの「火曜上級コース」をやめて、一ヶ月だけ「火曜進級コース」に通おうかなと、かなり真剣に悩んでいるのでした^^。

2007年05月19日

碁ワールドの使い方

え~、碁ワールドが届きます。届いた瞬間に読み物をまず全部読みます(もちろん最初は「幽玄WALKER」^^)。

で、事前に覚えている棋譜が解説される場合、その棋譜解説を読みます。そしてしばらく放置^^。

なぜ放置かと言えば、棋譜解説を読む際にはその棋譜を覚えてないとよくわからないから。私などの棋力ではリアルタイムで紙面を追ってもあまり勉強にならないと感じているのです。

しばらくして無気力のときが碁ワールドを開くチャンス。なんとなれば、私の「棋譜覚えタイム」は「他に何もする気力がないとき」なのです^^。そんなときつらつらと紙面を追って棋譜を並べ(たまによそからひっぱってくることもあります)、その棋譜をまず覚える。そして覚えてから、おもむろに棋譜解説を読むのでした。

では気力が充実しているときはどうか。

え~、碁の勉強ができません^^。

時は今五月(残り少ないけど)。五月病の時期を経て、きっと私はもうちょっと、強くなるかな^^。今月は取り敢ず「サトルの目」に出てくる依田紀基九段と李捷アマの譜を覚えました。私は白48になかなか目がいかないんですよね~。こういう「形が決まった風」のところの打ち方がまだまだよくわかっていないようです。

2007年05月20日

ニギリの方法

今日のNHK講座で「ニギリの方法」が説明されてましたね。

ニギリはもちろん互先のときなんですが、基本的に目上の人にニギリ(白石を持ってじゃらんと石を出す)をしてもらいます。囲碁って石を打ち合って勝敗を決めるだけの「ゲーム」じゃなく、ある意味「文化」なところもありますよね。だからこういう「決め事」がさらりとできるとそれなりに格好良い^^。

「ニギリを行うのは目上」を知らなくても叱られることはないと思いますが、ただ周囲の人に「ああ、知らないんだな、あの人」と思われちゃう。逆に「いえ、握ってください」とウワテに白石を渡していると「お、わかってんじゃねーかよ」と思われる(^^)。

たまに私は冗談で「おや、席が逆でした」と変わって貰うことがあります。これは単なるオヤジギャグで、囲碁にこういう文化はない。だから相手はきょとんとするわけですよ。でもこちらが自信満々に「逆でした」と言うものだから一応席は替わってくれる。替わったあとに「なぜ席を替わったんですか?」と問うてくるんですね。そのときに「いえ、そちらが上座でしたから」。

まあこれで笑ってくれる相手じゃないと冗談をしかけても「うぜーんだよ、おめえはよ!」で終わってしまうんですけどね^^。

ところで囲碁講座。ニギリで突っ込みたくなったところ。

(目上が白を握るんですね、という流れの中で)
ヤッシー:あ、ところでタイトル戦で握るときはどうなんでしたっけ?
ヨーコー:え、ぼく、その、まだ…
ヤッシー:あ、失礼しました。タイトル戦ではタイトルホルダーが云々。

でもこれ。NHKでやったら矢代先生出禁かもしれないな^^。さらには苦情のお便りがたくさん届いてしまうことになるのでしょう^^。

碁ワールド 6月号に広告を掲載している企業

何の意図があるわけでもなく、何の責任も負いませんん^^。

碁ワールド6月号に広告を出していて、URLが掲載されている/ないし Google って見つかったところ一覧。

# 日本棋院の自社広除

え? 少なすぎる…。定価860円の雑誌なんですが…。

2007年05月21日

王唯任先生から仕入れた言葉

先日、王唯任先生に打って頂いて、かついろいろとお話を伺う機会がありました。

「先生、私、タケフを取られるのが大嫌いなんですよ」。これは打って頂いているときに、情けなくも私の石がダメ詰まりになったときに言った言葉。王唯任先生答えて曰く「ああ、私も嫌いなんですよ」^^。な~いす。この回答で取り敢ず一方的認識による「お友達」決定(笑)。

ところで先生。「大手合白番でも負けると悔しいのでしょうか?」。

これはね。たとえば向こう先のときって、別に負けてもそんなに悔しくないじゃないですか。まあできれば6目以内で負けたい気持ちはあるけれど、15目負けても「それはそれ」と思う。逆にこちらが先で打っていて10目差で勝っても「それなら互先でも勝てる」とは思わない。

「そうですね、悔しいですね。白番のときは最初から仕掛けますね」。

そっか~、やっぱり悔しいのか。ちなみに私なんかの場合、向こう先でも別に打ち方を変えません。まあ「変えて打つ知恵」がないというのが真相なんですけどね^^。「変えて打つ知恵」がないから余計に悔しくないのかもしれませんね…。確かに大手合の棋譜を並べると、ほとんどの場合「白、やってるな!」の感じがしますものね。

そう、そう言えば一時「白番で遅れないためにはどうすれば良いのだろう」と、大手合を結構並べたことがありましたっけね。

# ちなみに今はもう「大手合」という制度はありません。

棋譜と言えば。

「先生方は勝敗以外にも棋譜の善し悪しみたいなことは意識されますか?」。

この質問と回答は誤解を招くかもしれないな。あくまで弱い私の主観でねじまげられた回答として読んで下さいね。

「そうですね。やはり良い棋譜を残したいということは意識します」。

そう言えば孔令文六段。

別の時にちょっと話をしていたんですけどね。「私、今誰とやっても勝てる気がしません」と言うわけですよ。「へ~。ちなみにアマの場合はそういう時期を経れば必ず好調期がやってくるんですが、プロにはそういうことはないですか?」。そんな話をしました。

「私はもともと地に辛いタイプだったけれど、敢えて地を取らなくなったりして、そして次に不調になったときに『あれ、こんなに地を取ってなけりゃそりゃ負けるよな』と気付いたりして、そこからまたちょっとレベルが上がったりするんですよ」なんて話。

孔令文六段の話がちょっとおしゃれに感じた。「私たちの場合は打ち方を変えてみると言っても棋譜が残るわけですからね」。

なかなか含蓄ある言葉で、「プロ意識」を感じてしまったりします。えと、最近孔令文六段をちょっと持ち上げすぎかもしれないな(苦笑)。

王唯任先生の話に戻って「ハウツー」話。

「キリチガイ一方をノビよと言いますが、どれを伸びれば良いんですかね」と先生。「単純に考えればそのとき一番弱い石を伸びれば良いんですね」。キリチガイにはいろんな「場合」がありますが、これは最も分かりやすい部類の「チャート」になりますね。

最後に自慢話(苦笑)。

「とりさんは、集中して打てば五段か六段ありそうですね」。ぶわっはっはっは。ウワテと打てば優勢になって震えるし、シタテと打てば優勢になって緩む。そういう集中力のなさは確かに私の大問題と認識しております。年に3度くらいは終局まで集中して打てるんですけどねえ…(;_;)。

もろもろと。ありがとうございました>王唯任先生。

NHK 囲碁講座こぼれ話

私、矢代先生と巻幡先生が交代で担当する囲碁教室に通っていることは何度か書きました。

そこで矢代先生。

「三々は打ち込みでしょうか?」とおっしゃる。「なんで?」と問えば「NHKの囲碁講座で三々入りを扱うときに、三々入りを打ち込みと言うか否か、陽光さんと議論になったんです」と。

どうも矢代先生は三々入りを「打ち込み」とは呼びたくないタイプのようです。まあ確かに私も「三々入り」とは言うけれど「三々への打ち込み」とは言わないな。

でも矢代先生には言いました。「でも先生。ぼくなんかの棋力にとってはバイブルみたいな『打ち込み読本』。あの本の前半は延々と三々入りからの変化でしたね」。

矢代先生怒っちゃったかな? 「じゃああなたは三々入りを打ち込みと呼びますか!?」と。まあ本当はもっと和やかな雰囲気なんですけどね^^。

「いえ、その。個人的には呼びません」(笑)。

そう言えば思い出したんですけどね。

最初に『打ち込み読本』を読んだとき、「え、なんで三々ばかりなんだろう?」と、ややがっかりした記憶があります。「俺は打ち込みの勉強がしたいのになんで三々なんじゃ~」と。確かしばらく放置したんだったかな。

話は流れるけれどこの『打ち込み読本』。三々入りが打ち込みかどうかは別として、すばらしい好著ですよね。甘い基準で初段を名乗り始めた人は絶対に読んでなくちゃいけない感じの本。この本に載っている手が「打てる」かどうかは別として、「知っている」ことは必須と思われます。二・三段を名乗るならもちろん打てなくちゃいけませんね(^^)。

2007年05月22日

知りたくなかった男の約束…

週刊碁、2007年5月28日号。

あなたが本因坊を獲ったら、ボクは総理大臣になることを約束する
(民主党・小沢代表)

こんなブログで政治のことを云々したくない。それに尊敬する依田先生がどんな約束をしようともそれはそれ。依田ファンである自分に変化はない。

但し…。小沢代表の総理就任は勘弁。

あれだ。小沢代表って、テレビの党CMに出て船に乗ってた人でしょ? 民主党のみんなが舵から手を放した途端に船が正しい進路に進み始めたってCMをした人でしょ?

手を放して正しい進路に進む人を総理にするってのもおかしな話じゃん(笑)。

何か理由があるのなら一層依田先生を応援させて頂くと記事に書いた。でも、依田先生が約束しただけなんじゃなくて、小沢代表も約束しているのなら御免被る。

依田先生、高尾本因坊ともに大好きな棋士。でも、高尾先生に本因坊をぜひに、防衛して頂きたい。

しかし週刊碁。この話、載せるかなあ…。あまりにマージナルな話だと思わなかったんだろうか…。ちょっとこんなごたごたで、本因坊戦への興味が一気に薄れてしまいました。

指導碁席と言えば。

日本棋院二階指導碁席
写真は日本棋院二階の指導碁席。「おお、ここで打って貰えるのか」と、一度同郷の水間俊文七段の指導碁を申し込んだことがあるけれど、なんかイベントの都合で別室での対局になってしまいましたとさ^^。日本棋院市ヶ谷本院の指導碁予定等は日本棋院のウェブを参照。

ところでこの「指導碁席」と言えばやっぱりアレですよね。死ぬまで忘れないのが小林千寿先生とのファースト・コンタクト。

何度も書いてるんだけどさ、場所は数寄屋橋囲碁倶楽部。

私はこの「指導碁席」を「物置」と思いこんだんでしたねえ…。余分な碁盤などを隅に集めてあるんだろう、と。碁を始めて半年くらいの時期だから「指導碁席」なんてものの存在を知らなかったんだなあ。

小林千寿先生に会いに行って、しばらく待つことになって「ぺいぺいである私」はこの「物置」で待っていようと思った。そういう私の思いとは裏腹に、私はあろうことか「指導碁席」にどっかり座り込んでた。後で聞いたところによると、受付やってた女性は「どこの先生だろう」と囲碁年鑑まで見てみたとか(苦笑)。

しばらくして到着した小林千寿先生も、いきなり指導碁席に座っている「見知らぬ奴」に驚いていらしたなあ…。「令文のパパ」を名乗った小林覚先生を即座に認識できなかったこと、やはり覚先生に「メハズシの布石は…」と大声で尋ねてしまったことに並ぶ、囲碁経験における大失敗のひとつです(><)。

2007年05月24日

日本棋院の二階売店には。

igo book with Kobayashi Satoru 9p's autograph
これ、ずいぶん前に棋院で購入した『はじめての基本手筋』。この本で「シチョウは6本」って言葉を覚えたんでした。

ところでこれ、サインありますね。

これ、どういうきっかけでだったのかな。多分先生にお会いする予定があったんだと思います。と、いうのも私、このとき「マイ筆ペン」を持参してたから(笑)。先生にお会いできるので、ぜひともサインをいただこうと、途中の Office Depot で筆ペンを買っていったんです。

でもね。皆さん、ご存じでしたか。日本棋院の二階売店には「貸し出し用筆ペン」が常備されているんですよ(大笑)。私のようにサインをねだる厚かましいファンがたくさんいるんでしょう^^。覚先生は最初、売店常備の筆ペンでサインをして下さろうとしていたんですが、私が買ったばかりの筆ペンを出すと「おお、それはそちらで書いた方が良いですね」と。

買ったばかりのカートリッジ式筆ペンなので、最初はインク(墨?)が出ないわけですよ。すごく申し訳なくなりました。「先生、もうそちらのペンで結構ですから」と言うところを「せっかく買ってこられたのですから」と気遣って頂いたんですよね(;_;)。

で、この話には「ものごとのバランス」を示す裏話がありまして。

先生がたくさんの「優しい気遣い」を示して下さる中、「ああ、なんて優しい先生だ。ならばきっと大丈夫」と、さらに2冊の本を出して、合計3冊の本に先生のサインをいただいてしまった…

なんでそんなことができたんだろうな>私。今思い出せば汗顔の至りです。

ところでこの本。購入した当初は前半の説明部分だけを読んでいたんですよね。後半の問題は難しく感じたものもあって、最後までは読み切っていませんでした^^。それから2年ほど経つんですかね。久しぶりに紐解いて問題をやってみました。

全部1秒以内にヨミキリでした(^~^)。

棋譜並べばかりを楽しむおたく的囲碁ファンになりつつあるところ、昔に比べれば一応の進歩はしているんですね^^。ちょっと安心しました(笑)。

2007年05月27日

なぜかむっとする布石

なぜかむっとする布石え~、なぜかむっとする布石ってありませんか^^?

理由はわかんないんですけどね、私、図の布石がなぜか「むっと」するんですよ。黒番でこの布石を打たれると「絶対勝ってやろう」と思う。白番だと、なんとなく相手の態度が気に入らないとか、常日頃から気に入らない人だったというときに2、3回打ったことがある感じ^^。

先日。巻幡多栄子先生の教室で扱った棋譜で、この布石が出てきたんですよね。「先生、これを打ちますか?」の質問には「いいえ」と。「その布石の意図はなんですか?」と問えば「う~ん…」としばし絶句。

ならばと簡明な質問を心懸けてみました。「あの。私、白にこれを打たれるとなぜだかむか~っとくるんですけれども…」。

この質問に対しては巻幡先生。「ああ、それはあまり間違った対応ではないかもしれません」。

おおっ。間違ってないのか! でも間違ってないだけに「実は白を持てば、これまで大嫌いな人に数回打ったことがあります」という告白はできなかった^^。

この布石、基本的にはどういう意味があるんでしょうね?

2007年05月28日

『シブミ』によく似た『ハンニバル・ライジング』

『ハンニバル・ライジング』を読んでみました。ああいう「異常な天才」って、興味を持っちゃいますよね。

で、読了後の感想。「これ、シブミじゃん」。

シブミ』ってのは小説中に囲碁及び日本文化のことが相当に出てきて、囲碁ファン必携の書(^^)。小林千寿先生も「これを映画にできたらなあ」なんておっしゃってましたっけ。

『ハンニバル・ライジング』にも、主要登場人物のひとりとして日本人が出てきて、「源氏物語」や「生け花」が出てきます。ハンニバルシリーズを意欲的に追いかけているわけじゃないんだけど、ちょっとこれには驚いた。

『ハンニバル・ライジング』自体の出来・不出来や、ハンニバルシリーズにおける位置づけなんかはまあ置くとしましょう。でも「日本」を扱うモチベーションが、かなり『シブミ』に似ているんですよ。そして『シブミ』の方が、「日本」をきちんと扱うことができている。

ここを読んでいる方は囲碁ファンでしょうから、この『ハンニバル・ライジング』を読んだ人にはぜひとも『シブミ』を進めてみましょう(^^)。ほぼ間違いなく感謝されるだろうし、そしてあわよくば相手も囲碁ファンになってくれるかもしれません(^~^)。

# と、書いて、記事下の「関連するかもしれないサイト」を見てみたら、他にも
# 『シブミ』と『ハンニバル・ライジング』の類似について言及しているサイト
# ど、たくさんありました(^^)。

日本棋院囲碁教室での棋譜の話。

関係するネタを何度も書いては消しているんですが、どうしてもイヤミっぽくなっちゃう^^。

まあ、ちょっとお下劣になってしまうんだけど、何度も書いては消しをしたってことは、自分でも相当書きたいネタらしいんで書いちゃいます。

話の発端は、長らく通ってきた矢代・巻幡教室を最低1ヶ月お休みしようという決意。前から書いてきてるんだけど、どうも教室で、授業用に選択される棋譜の選択基準が気に入らないのがひとつ。碁を打つことがさほど好きじゃなく、またアマチュア同士の棋譜解説を見ることにもあまり興味がない私。教室で最も楽しみなことと言えばプロ棋譜の解説なんですよね。

火曜日の教室に通うまでは「そこらで見かけた先生」に強引に質問したりしてたんだけど(馬鹿^^)、火曜教室で大っぴらに先生方に説明を求めることができるのが嬉しくてしょうがなかった。

ただ、どうも選ばれる棋譜が好みじゃないことが多い^^。ここ2ヶ月は古碁が教材になっていたからそのせいかとも思ったんだけど、古碁の中にも好きな棋譜や「ぜひとも並べておかなくちゃ」という棋譜があるので、そればかりが理由じゃないらしい。

せっかく教室でやるときに「この棋譜からはここを学ぶのだ」という「テーマ」がどうも不明瞭な感じがするんですね~。「てめえはプロの棋譜の中に『違い』を見るほどエライんか?」と言われるとなかなか返す言葉に困るわけだけれども。

あと、配布する棋譜に存在する「間違い」も、ボディブローのように利いてきました。

昔書いたように「この手はスゴイ!」と思った手があって、それが配布された棋譜上では間違ってた。「いや、そこはそうじゃないんだ」と主張したときに、「だって棋譜が間違ってることなんてそうないでしょ?」と先生に言われてしまったのは後を引くショックだったみたい^^。先週授業で使った棋譜なんかも手がいくつか抜けていたし、6月に入って使う予定の棋譜も 119 手完が 119手まで以下略になっていたり。

「完」が「以下略」になってるくらいは、完全に日常茶飯事で、もう教室の生徒誰も突っ込まない状況にはなってる。なってるけどさ~、それって「イーカゲン」な感じがしない? さらに日本棋院は「棋譜に著作権はある」としっかり主張しているわけで、それなのに日本棋院が改竄した棋譜を出しちゃいけないじゃんね。

「一週間は火曜日を中心に回っている」感じのここ2年ほどだったけれど、どうも心から楽しんでいない自分に気付いてしまったのでした。

なんか。

日本棋院でやる教室なんだから。棋譜を「手入力」して、さらにそこに「間違い」が混在してしまうようなシステムはなんとかしようと思わないものなんですかね。個人的には配布プリントの最初の20手くらいを元に Kombilo 検索をかけているから配布プリント自体どうでも良いと言えば良いんですけどね。

なんかモチベーションが下がってしまったのでした。

2007年05月29日

世界アマチュア囲碁選手権戦のポスター

how could the stupid moves appear :) ?
携帯で撮った写真だからアレなんだけど。

む~ん。この碁盤。視覚的に美しいとも思えないし、囲碁的に言えば「ぼろぼろ」。この絵を見せられて「決め手はココ」とか言われても困るよね。明らかにモチコミだし、白、もう負けてるし^^。

誰かこの写真を「世界アマチュア囲碁選手権戦」のポスターにした理由を教えてくれい^^。「アマならこんな程度からありますよ」の主張^^? いや~。さすがにこの形は見ることはないでしょう^^。

# え~と。日本地図と東京を意識した図だそうです^^。
# 気付かなかったなあ。

# それだけ「囲碁そのもの」に目が行っていると自己満足^^

高梨先生、今でもシマリを打ちますか?

何度も書いたネタだけど。「高梨先生、いまでも二子局でシマリを打ちますか?」と問うてみました。

「え、なんのことですか?」と高梨先生。いや、先生。二子局で初手に小目を打って、相手が星だと小目をしまっていたじゃないですか。あれ、格好良かったんだよな~。確かにシマリの価値というのはすごく大きい。しかも小目+シマリならうかうかしてると厚みに転化する。見たとき(@千寿会)に大いに感動したよなあ。

「ぼく、そんなことしましたか?」と聖健先生^^。「最近しまってないですねえ」。

が~ん。ショックを受ける私に「でもそれってすごく本格的で格好良い手ですね」と先生。ぐっ。ってか、あんたが打ってたんだと言ってるじゃないか(大笑)。「格好良い」って…^^。

「ええ。私も見たときにすげー格好良いと思って、以来真似してるんですよ」と私。「で、ヤッシーがこの手を見たとき、その手はどうしたんですかと言うから『聖健先生が打ってたんです。格好良いでしょう』と自慢したんですよ」と。「でもヤッシーは『それ、聖健先生が格好良いってだけのことじゃないんですか?』って言ったんです」。

「ヤッシー、しゃれたこと言いますね」と聖健先生。

む~。

でも二子局のシマリは「聖健の手」と名付けた私の得意の布石(?)。聖健先生が打たないとなると寂しいぞ。

「先生。二子局はしまって下さいね!」とお願いする私に「はい、わかりました」。

高梨聖健八段と二子局の手合の方、今度試してみてくださいね^^。

# ちなみに昨日は高梨先生、T君と八子局。初手は天元だったそうです(^^)

2007年05月31日

ウワテ同士の検討を通訳する馬鹿。

今。世界アマやってますね。

私は別件で日本棋院にいたんだけど、そのときに「とり、ちょっときて通訳してみんかい」というベリウワテがいたんですよ。「え。俺が通訳かよ。まさかオフィシャルじゃねえよな?」とびびってみた。「いや、ちょっと碁を教えてるから、通訳したらあんたの勉強にもなるぜ」と。

む~。

一緒に話したのはすごく楽しかった。なんかヒドイ負け方をしたらしい人の検討をやってたんだけど、「だって俺この石が怖かったんだしさあ」とか私によく似た言い訳。

でもね。

「ほら、これでどうなるんだ」と、日本語のウワテ。私が通訳しようとすると「oh, it's SEKI」とか言ってる。え、ちょっとまてよ。俺はまだ読んでねえんだっつーの。SEKI なのか KO なのか、無条件なのかわかんねーっつーんだよ。

しかし盤面で進む手段。

てや~。やつら、やっぱ碁が強いんだなあ。で、碁が強くて碁の話をしてるときには、英語のできる俺なんてやつらには必要ねえんだ^^。それが碁の楽しさのひとつなんだろうなあ。

日本語を話すウワテがさ。「とり、今の発言言えよ」とか言うわけ。でもそれってもしかしてひとりだけ碁の弱い俺に対する「思いやり」かと思ったくらい。それくらいやつらの会話は「石と板」で為されてた。

やつら。

格好良いね(^^)。

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