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「読む力」と「読むところ」

「読みの力」って2通りありますよね!

ひとつは「純粋に読む」力。それを鍛えるのはやっぱり詰碁。『ひと目の詰碁―やさしい問題を反復練習』なんかが「わかる」だけじゃなくて、自信を持って「読める」ようになったら、左の『至高の詰碁』なんてすごく面白い。

いや、さすがに『ひと目の詰碁』の次は無理か。詰碁が「面白いなあ」と感じるようになってくれば、この『至高の詰碁』はさらに詰碁を面白くしてくれる。そうだな、間をつなぐのは『三段合格の死活150題』くらいかな?

但し。

「囲碁上達のためには?」に即「詰碁」と回答するのは、個人的にはあまり好きじゃないんです。一番大きな理由は私が面倒くさがりだから(笑)。でも実際1級(日本棋院2F対局場だけどさ)とかを名乗るまで詰碁やってなかった自分もいるし。

「詰碁」の他に「読みを鍛える」もの。それは「手のあるなし」を「知る」こと。あるいは「読まなくちゃいけないところ」を「知る」こと。

「何言ってんだ。全部読んで打つんだよ」と、強い方はおっしゃるかもしれません。でも囲碁には「相場」がありますよね。だから相場進行ならば得に読む必要がないとも言える(弱いうちは、ね)。そして「相場」からちょっと外れた瞬間に必死に読みを入れるわけですが、そういうときに参考になるのが「手のあるなしの知識」。

長くなるので「追記」に移ります。

「手のあるなしを知る」にもやっぱり二つの方法があって、ひとつは「筋の良いウワテに打って頂くこと」。あまりに個人的な話だけど、私は家庭教師についてもらったり、あるいは教室に通ったり、さらにあるいはメールで棋譜の添削をして頂いたりしました。

そういう方々が手を付けてくるところは本当に手があるところなんですよね。「手になってしまう」んじゃなく「手がある」ところ。そういうところに手を付けられて「何を守るべきか、何を守らないべきか」が骨身に染みる。これは級位者同士の指導碁じゃあなかなか得られない感動体験。

またもう一つは我田引水っぽいけれど「徹底的な棋譜並べ」。プロの棋譜にはアマのようなネジリアイはないから「でも実戦の役に立たない」なんて言う人もいます。でも私見では「プロがやってないところに手はない」。

すなわち、プロの碁から「相場」を学び、自分の実戦で「これは相場を外れているのではないか」ということに対する「自信」を持つわけです。

本当に長くなりました。

詰碁とは死活に強くなるためではなく、読みを鍛える基本トレーニングだという話があります。話があると言うか、私もそう人には強調しています。

でも「手のあるなし」を知らないと「読みの入れ方」がわからないってのもあると思うんですよ。

まあ、誰もが「信頼できるウワテに1問1答で教えてもらう」ってのは難しいこと。そういうときに役立つのがやはり棋書。『置き去りの傷を探せ―進級シリーズ〈2〉』とか、あるいは『打ち込み読本』の精読で、かなり「手のあるなし」に関する着眼が変わってくるのではないかと思うのです。

「読みを鍛えるのは詰碁」という呪縛(笑)から、ちょっと離れてみるのも思わぬ棋力向上に繋がるのではないかと思う次第です。

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