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プロに呆れられる九子局…

プロに呆れられる九子局でで~ん。

とりさん、ハメまくりましたね」とは巻幡多栄子三段のお言葉^^。うん。この碁についてはそう言われても否定すまい。

オーバーレイで表示しているのが白の第一着手。「隅近辺は全部試したもんな」と打ったのが天元と辺の星の真ん中。そんなところに打っておいてなんだけど「ここに石がないと打てないよ」と打つうちに、21手目ではやくも白投了の雰囲気。巻幡先生がご覧になったのはちょうどそのあたりです…。

ただ、白29からは「それなり」に打てたと思うんですよ。いつもの九子局に戻って、こちらもまあ落ち着いて打つことができた。勝ったと思ったのは白125。確信したのは白133。あとはヨセの中、黒の見損じもあって結構な大差になってしまいましたとさ。

序盤、チャンスでしたね>N埜さん。ただ、二局連続で中盤に「宝物」を略奪されて負けてしまったのは反省点。「N埜さんと九子は絶対負ける」という思いから「うむ。まあ九子で打ってみる?」という具合に、私の生意気バロメーターが上がってしまいそうですよ。

次は絶対に勝って下さい(^^)。

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コメント (2)

N埜:

 選ばれずあることの恍惚と不安2つ我にあり。

 いえね、実はあの九子局で二度ショックを受けたんですよ。当然ひとつめは打っているとき。打ったあと心のなかで「あーっ」と何度叫んだことか…。ま、見損じは仕方ないとしても。

 もうひとつは、即座に送ってくださった解説を読んでいて、自分の着手の意図や目的と、そこから予測されるはずの結果との著しい解離に対して!

 なんというか、以前ミムーの本の効果で一時的に碁がよくなった(気がした)時期が確かにあったのに、結局自分は未だ闇の中にいるんだと。
「大きいところはどこなんだ?」という極めてシンプルなことが何でわからんのだ!?

 神は佐為(ヒカル?)を選び私をお選びにはならなかった。それはそれでいいんですよ。でも、永遠にワカランチンのままで居続けるのではないのだろうか、というぼんやりとした不安が一層深くたち込めてきて、しかもそれが塔矢が直面した「はるかな高み」的に現実のものとなって重くのしかかってきて、なるほど、恍惚は廃人と同義なのだと自分が自分に話しかけている?

 うーん、文章が支離滅裂ですね。やっぱ相当キテますね>私。爆!
 つまり、自分は一体何をやってきたんだ?ということがいいたいのかな?^^;

 幸い、もうすぐ年末年始のお休みです。少し時間をとって気持ちを切り替えて精進することにします。

 というわけで、来年も見放すことなくご指導お願いいたします。

 ところで、私思うに、師匠は神がわざと遅れて選んだ人ではないのだろうかね? なんか、最近の解説を読むたび、スゴミを感じますよ。勝てないまでも、同じ世界をいずれ私も見たいぞ。でしょ?>こばぴ。

 

 

とりさん:

解説棋譜について、疑問点などぜひお送り下さいまし(^^)。

あと、何度も言いますが「伸びた」と思った直後に後戻りすら感じるのは「普通」のこと。

同じ道を歩んで参りましょう(^^)。

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