市ヶ谷本院の教室と八重洲、回数券があるから八重洲を選ぶという生徒がいたり、ときに忙しくなるから通えない人がいるということを重々知りながら下した決断がこれ。
逝ってよし、日本棋院普及事業部。
日時: 2008年06月18日 23:54 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
まだ読んでみてもいないのですが、さっきメールボックスに Amazon からのお知らせがやってきました^^。
日時: 2008年06月15日 17:11 | パーマリンク | コメント (1) | トラックバック (0)
ああ、こばぴ。確かに俺が悪かったことは認めよう。切れるのは相手の方にすごく失礼だった。
しかし。
なあ、こばぴ。「二手打ち」ってのは既に碁じゃないんではなかろうか。一緒に大会に参加してたへぼつんが、ペアがアタリを理解してくれなかった件で「あたりがわかるのは何級?」って言ってたけど、「囲碁は一手ずつ打つ」というルールを無視して行うのは、何級とかそういう話以前のようにも思うんだ。
序盤のこばぴ。この日、既に「一間飛びに悪手なし」の格言に逆らって、悪手となる一間飛びを二度、披露していた(チャレンジングな女だぜ)。そしてこの局でも、両覗き一発でしびれまくる曲がり飛び。相手の女性の機敏な両覗きで参った。
「こばぴ、あの両覗きにどう対処するつもりだったんだ?」局碁に聞けば「M田さんがなんとかすると思ってたから考えてなかった」と…。
ここで既に碁は投了モードだったんだけど(なんせ30目だか40目だかの損を食らった)、すべてが理想的に働くなら勝負にならないことはない。長考に次ぐ長考で、なんとか局面を打開。勝ちを意識して手堅くなりすぎた相手の隙もついて、なんとか勝ち碁モード。
しか~し、時間がない。
局面は小ヨセ。相手に変なところを手にされなければ勝ち。とにかくほぼノータイムで連打すれば逃げ切り。「打つ前に碁笥に手を置いてはいけないよ」と常日頃言っているにもかかわらず、相手の手番中から石を手に持ち「俺たちには時間がない」のサイン。
そして相手の着手。ノータイムでウケて時計を押した。時計を押して盤面を見直すと…
なんとこばぴが別のところに着手してる。
こばぴ、局後に曰く。「だって、M田さんの次は私の番だから」。
こばぴの置いた石を見て、この一局のフラッシュバックが駆けめぐった。そしてこばぴの運命の一着に追いついたとき、ぼくの頭は白くなってしまった。
「負けました」。言って立ち上がって、手が動いた。碁笥をひっくり返しそうになったんだけど、それを抑制する理性がかろうじて残っていたらしい。でも残っていた理性はそれが限界で、持っていた扇子を床に叩き付けていた(;_;)。
うう。ごめんなさい>相手の方。だけどこばぴぃ、2手打ち反則負けってのは勘弁してくれよぉ。俺だって頑張ったんだよぉ。午前から希有な一間跳びを見せられても、なんとか心のバランスを維持しようと心がけてたんだよぉ。数十目の損にもちゃんと対応して、ちょっとは上手らしくなれたかなと誇らしく感じてるところもあったんだよぉ。
「M田さんの次は私」。
君の考えは正しいんだけど、「碁には相手がいるんじゃよ」。俺が打って、そして相手が打って、そしてその次が「わたし」だったんだよ、こばぴ(涙)。
がらがらと。「俺を支えてくれた俺の碁」が、崩れ落ちていってしまったことも理解してくれ(笑)>こばぴ。
失礼な態度を相手の方と周囲の方に向けては反省しつつ、でもまあ面白い大会ではありました。
日時: 2008年05月18日 11:48 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (1)
Do you rememberknow me ?
# コメントもらっちゃった。そうそう「know me」だった^^。つい勘違いして
# しまいましたm(..)m
と、この台詞だけで「ふっ」とか言えるのは結構おやぢ。
で、GWだってことで、土曜日と火曜日に碁を打ってきましたよ。打ったのは3ヶ月ぶり。これまでの数年からは考えられないほど、この3ヶ月は全く囲碁に触れず。
「伸びるのも早かった分(当社比)、抜けていくのもまたはやい」だったかなんだか。
それにしても本当に綺麗に抜けるものですね。土曜日の一局目は前からちょっと注目してた初段の人の先で打ってもらったんだけど、ほとんど負けそうになった。まあ相手の人、少なくとも日本棋院で言う初段ではないと思ってはいるんだけど、なんか舐めた地取り碁やってたらオワなくらい劣勢な碁になっちゃった。
火曜日は、まずこばぴと打って、それから以前九子やら逆コミ百目やらでやっつけてた相手。相手は結構碁の打てる環境にいるから成長してるんだろうなあとは想像した。で、上手の判断で三子局。
む~ん、これもかなり負けそうになった。ただ、土曜日の経験があったせいか、自分ではそれなりに納得する碁が打てた。
「一週間に一局しか打てない」なんて言う人を見て「もうちょっと時間のやりくりしなさいよ」な~んてこと言ってましたが、3ヶ月まーったく打てなかった私は大いに反省します^^。それに「打てないなら勉強すれば」とか言ってましたが、打たないとどんどん抜けていくことも実感しました^^。
三子局、最初小目に低くカカリを打たれて悩んじゃったものなあ。低いカカリへの対処は得意技(当社比)だったはずなのに(笑)。
# 大会、初段で出たいんですけど…
日時: 2008年05月08日 10:50 | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)
最近、なんか英単語ブログばかりにかまけてます^^。
で、その流れでたまたま眺めた『成語林』(これ、今でも売ってる?)。そこで発見したのがタイトルの「夏碁に炬燵俳諧」の言葉。
(夏は涼みながら囲碁や将棋を楽しむのがよく、冬は炬燵にはいって暖まりながら俳諧をつくって楽しむのがよいという意から)季節ごとにふさわしい楽しみ方があるということ。「夏将棋に炬燵俳諧」ともいう。
知りませんでした^^。
私が囲碁を始めたのは「俺って日本人なのになあ」という思いからではありました。
日時: 2008年04月19日 13:20 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
ちょっと前の話になっちゃうんだけど、7日の日経夕刊、将棋の新手ブームが記事になっていました。将棋はぜんぜん分からないんだけど、たまに解説番組を見ていると、確かに新手ブームってのはあったのかな。

囲碁の方も、中韓に「普通」に負けるようになってから、いろいろと面白い手が出てきましたよね。まあ私が碁を始めたのがその頃だから、それ以前のことはよくわかんないんですけど^^。
で、この記事の結びの部分がちょっと気になった。
半面、ベテランの淡路九段は「最近のプロの将棋は、アマチュアには難しすぎる。アマの模範にならないといけないのに」と複雑な顔をする。森内名人は「プロの新手は基本を踏まえたうえでのもの。将棋ファンの方は、まずは基本に忠実に」と話している。
後段は全く同意するし、当たり前のことと思う。まあ「碁は自由」論者には同意してくれない人もいるから、「個人的には当たり前」にしとく。
ただね。プロが新手研究を行う際に「アマの模範にならないといけないのに」というブレーキがあるのだとしたら、そんなブレーキはぜったいに取り払ってもらいたい。プロが「すごすぎる手」を打った時、その手がどういう考えや、部分的なヨミで打たれてるか考えるのは、一義的には鑑賞者の義務だから。
まあ囲碁界の場合。「カミソリ坂田」先生のように「なんじゃこれ」(当社比)の打ち方が普通にあった。無冠になってしまったけれど、二十五世本因坊治勲だって「アマの手本」って観点から考えれば「おかしい」ところがたくさんある(当社比)。さらに言えば女流だって、「私はいつでも戦うわよ」風の打ち方があったりするみたい。
そういうのを考えると、少なくとも囲碁界においては「アマの手本に」なんてブレーキはないんだろうな、きっと。
記事に書かれた淡路九段の発言が、どのような意図のものなのか、まあちょっとわからない。で、私などは確かにプロの着手に「手本」を求めてはいる。でもそれは「自分の理解できる範囲」でのこと。「その手はないと習ったが」と思ったにしても、「ここでは自分に理解できない『事情』があったんだろう」と考える。
個人的には「アマの手本」を、あまり狭くとらえて欲しくはないですね。
日時: 2008年04月13日 10:12 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
本日の産経抄に、25世本因坊治勲の話が出てますね。
沢木耕太郎氏が趙さんのことを書いたノンフィクション『帰郷』によれば、かつて後輩たちにこんなことを語ったそうだ。「地球に朝が来るように、世界は常に若い力を欲している」。だから若い人に負けるのは当然だが、若い人が年長者に負けてはいけないのだと。
沢木耕太郎は、スポーツ関係のを数冊しか読んだことがなく、囲碁の話は知りませんでした。そのうちに読んでみたいと思いますが、面白い本でしたか?
Amazon の紹介文を引いておきます。
三浦和義、趙治勲、石原慎太郎等六人が走らせる運命という名の馬車に、束の間同乗して心のヒダを克明に描く人物ノンフィクション

運命の馬車に同乗できることの興奮
私は沢木耕太郎が好き日時: 2008年04月05日 07:07 | パーマリンク | コメント (1) | トラックバック (0)
村上龍については、『コインロッカー・ベイビーズ 』だけを愛している。旧題『悲しき熱帯』なんかもわりと好きだけど、その頃の一連の作品以外は大嫌い。だから『13歳のハローワーク』という本が、何のために、どれだけの制度を持って書かれたのか知らない。ただ、ちょっと話題になったことだけ知っている。
これまで手に取ったこともなかったんだけど、先日ちらと見る機会があった。
下の写真(クリックで拡大)が、その『13歳のハローワーク』に書かれた囲碁棋士の項目。これ、なんかひどいんですけど。全体的にこういう嘘を書いて「冗談」の本にしてるのかどうかは不明。
冗談なら冗談で、もうちょっと面白い冗談にして欲しかったな。「まじめ」な本だけど、「囲碁だけがあまりにマイナーであった」と言うなら、日本棋院は抗議しなくちゃ(笑)。
まあ「ほら、だから俺は村上龍が嫌いだ」と、再認識はできた。
# あるいは「王子」とか調子くれる週刊碁の文責か(笑)?

きっかけとして
子供が真に受けてしまうのが怖い
職業偏りすぎ日時: 2008年03月01日 23:43 | パーマリンク | コメント (2) | トラックバック (0)
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